「Wing」-20
第七章〜夢〜
うなる轟音。轟く爆発音。城内のあちこちで火柱が上がっていた。幸い石造りなのでさして燃え広がってはいないが、それでも絨毯等に燃え移って勢力を増していた。
恐らく城内の一室。少年の母親と思われる女性はただ涙を流しているだけであった。己の行く末を思ってか、戦地に赴いた夫の身を案じてか……涙が頬を伝い、鳴咽と共に顎から零れ落ちる。止まらない悲しみの水。留まることを知らない滴。
突然扉が開かれる。そこには全身に傷を負った男性が立っていた。激しく息を切らせ、それでも何か伝えようと口を動かしている。
少年の母親と話している男性。父親であろうその男が全てを語り終え、穏やかな顔で女性に向かって微笑んだ。それと同時に彼女が膝を折り、泣き崩れる。女性の肩を抱きながら男性が少年の方ヘ顔を向ける。何か言おうとしたその瞬間、
炎の熱によって天井に吊り下げられていたシャンデリアが落とされた。激しい炸裂音と共にシャンデリアが砕け散り、辺りに硝子片が飛び散る。父親は咄嗟に母親に覆いかぶさり、抱き抱えるように倒れ込む。
父親が少年に無事か否かを尋ねた。位置的に少年の母親の方しか庇えなかったからである。
返事が無い。しかし、反応はあった。俯いて左の眼を手で覆って、呻いている。押さえている指の隙間から真紅の液体が流れ、腕を伝って流れ落ちていた。それはまるで母親の涙のように。
少年の名を連呼しながら駆け寄る父親と母親。手を退かせ傷を確認すると…………………………
少年の左目を覆い隠すように血で染まった布が巻かれている。母親の手には少年の手がしっかりと握られていた。だが、父親の姿は何処にも見当たらない。遠くの方ではまだ怒声と爆発音が響いていた。止まらぬ地響き。ただ走り続ける母子。
女は走る……夫の事を想いながら、想い人との思い出を想いながら、息子と共に生きようと、夫とは二度と会えないであろうがそれでも二人で生きていこうと……頬を伝う一筋の涙。地面に落ちて、吸われて消える。
少年は走る……父親の言葉を思い出しながら、父親との思い出を思い出しながら、自分が母を守っていこうと、父に代わって一生母を守っていこうと……激しく痛む左眼の傷。血が滲み出て頬を流れる。
それから尚も二人は走り続けた。朝も昼も夜も、太陽の日も雲の日も雨の日も、食事も休みも眠りも取らず、心身共に疲れ果て、それでも三日三晩走り続けた。