「Wing」-19
いつの間にか敵を門外まで押し戻していた事に気がつく。目の前に立っている人間はほとんどいなかった。瞳の色がスッと元に戻る。
「帝国軍兵士に告ぐ! 貴軍の本隊はもう後退を始めている。投降するならば捕虜として受け入れよう。抵抗するならば命がいらないとさせてもらう!」
王が大きな声で相手に訴えかけた。敵兵士が武器を捨て、続々と投降してくる。
終わったのか? ……少し疲れたな……
王が声をかけてきた。
「今日はお主のおかげで勝つ事が出来た。このハインダクス、真に感謝しておる……ん? どこか具合でも悪いのか? 顔色がすぐれぬぞ」
まずいな……抑えるのももう限界だ……
「少し休みます……」
左眼を抑えたまま片膝をつき、俯せに倒れる。視界が狭まっていく。
「城まで運んでやれ」
「はっ!!了解しました」 小さく敬礼してレオンを担架に乗せた。
「物見の兵を残して全軍帰還! 歩けぬ者には肩を貸してやれ! 敵兵も含め死者は城まで丁重に運べ」
開戦一日目、死者百六名。
「彼等は戦士だった……皆、この国のために命を賭け、そして殉死していった……友の死を無駄にするな。明日も、明後日も、これからもずっと彼等の事を忘れるな。そして最後まで生きる事を諦めるな」
王の頬を伝う一筋の涙。深い闇の中に消えてゆく言の葉。微かなざわめきが夜に吸い込まれていった。
「あの眼……本気で闘う時にだけああなるんだ」
「へえ〜、かっこいいねぇ。でも何で右眼だけなの?」
返事をする代わりにレオンが突然顔を近づけてきた。
えっ? えっ? 何? ちょっ、ちょっと待って……何でいきなり……
尚も近づいてくる彼の顔。
私からやった事も有るけどそれは頬っぺたにだったし……心臓の音が彼に聞こえちゃうんじゃないかって思うくらい強く鳴っている。
「見てくれ……」
見てくれって言ったってこんなに近くに顔があるのに無理だよ……まだ心の準備が……
それでも仕方なしにうっすらと目を開くと彼の左眼がそこにあった。
「傷が入っているのが分かるか? この瞳は何も見えない……何も映さない……ただそこに在るだけ……だからずっと碧いままなんだ……それでも痛みだけは在る……」
ほっとしたけどちょっぴり残念。
「風邪か? 顔、赤いぞ……」
レオンに言われて今さっきの自分の様子を思い出した。一人で勝手に盛り上がってたんだったっけ。一気に茹で蛸状態に。
「だっ、大丈夫!!心配しないで。あっ!!レオンも疲れてるよね? ごめんね? 付き合わせちゃって。それじゃぁお休み」
早口にまくし立てて早足にその場を離れる。朱色に染まった頬を隠すように。
「クレア……」
突然名前を呼ばれる。 心臓が口から飛び出す、とまではいかないが、かなり驚いた。
「この戦いが終わるまで、もう俺には近寄るな……」
いきなり言われても意味が分からない。けど今は一刻も早く、この恥ずかしい空気から逃げたかった。だから、
「う、うん。ワカッタ!」
返事するだけで精一杯。声が多少裏返ったけど仕方ない。さっきよりもかなり早足で歩き去る。
部屋に戻ってもからも暫くの間、体が熱くて寝つけなかった。あのまま顔が近付いて来てたら……とか変なことを考えながら、夜はどんどん更けていく。