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不確かなセカイ
【ファンタジー その他小説】

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不確かなセカイ-9

4章 創造主

 走った。心臓が悲鳴をあげ、足が言うことを聞かなくなるほど。夢から醒めるなと、言い聞かせておいたのに。崖っぷちに立たされていた彼に、風が吹いてしまったのか。彼の家が近づく。相変わらず電気はついていないようだ。頬を幾筋もの汗が伝う。息が苦しい。空気を吸っても吸っても、肺に届かない。やはり煙草はやめようと、頭の片隅で納得する私がいる。そんな私は、多分明日には消えているだろう。だってこんなに不安定なセカイだから。チャイムも鳴らさずに玄関を開け、脇目もふらず彼の部屋を目指した。そして勢いよくドアを開けた。
「おい、大丈夫か?」
真っ暗な部屋の中、充満するのは・・・・血の匂い。私は急いで電気のスイッチを探り当てた。そして、一度深呼吸をしてから電気をつけた。
 部屋の中央、うつ伏せで倒れている彼がいた。床には多量の血が流れている。
「おいっ、おいっ!」
私は急いで彼を抱き起こす。息はまだある。だが、この出血の量では。
「せん・・せい。」
「何も言うな。分かっている。」
「いや、・・違うんだ。・・この世界は・・・。」
何が違うのか。今、ここで聞かなければ一生知ることはないだろう。誰か助けを呼ぶ前に、聞く必要がある。
「しょう・・・た、言ってた。僕たちは、登場・・人物にすぎないって。」
「それが何だって言うんだ。」
「つまり、・・この世界は、僕が創ったんじゃ・・・ないんだ。」
「だからって死ぬ必要がどこにあるんだ。言ったじゃないか。夢を醒まさせるのは、私の役目だったはずだ。逝くな。こんな世界に私を残すな。」
「先生、・・ごめん、やくそく・・守れなかった。」
約束を守れなかったのは、私のほうだ。
「待っていろ、助けを呼んでくる。」
そう言って彼の部屋から出るとき、彼は最後の言葉を口にした。
「せんせい、けっしてげんじつから・・逃げないで。」

 階段を下る。現実から逃げるな。彼は言った。でも私にはもう、その現実がどこにあるのか分からない。
まずは親に知らせなければいけない。一階に下りると、トントン、と台所から何か食材を刻む音が聞こえる。どうやら母親は夕食の準備をしているらしい。息子がもがき苦しんでいるときに。母親の後姿は、とても穏やかでまるでそこだけ別の時間が流れているようだった。私は彼女の肩を後ろから強く掴んだ。加減が出来ないほど私は混乱している。
「きゃああ!」
その突然の衝撃に彼女は驚きの悲鳴を上げた。どう説明すればいいのだろう。いや、説明している時間は無い、まずは救急車を呼んで、
「おかあさん、あのですね、落ち着いて聞いてくださ」
「あ、あ、貴方は誰ですか!」
―――― !?

数秒の沈黙
分からない。どうしてこの違和感に気付かなかったのか。
私は・・・
私は、彼女を知らない。
彼の母親に会ったことが無い。
果たして私は、誰にカウンセリングの依頼を受けたのだろうか。
ぐらり、と眩暈が襲う。本当にまわりが歪んで見える。まるで地面に溶けていく感覚。
しっかりしろ。
私はまだ、ここにいる。
堕ちていく自身に叫ぶ。
そう、まだここにいる。
私は何とか持ちこたえる。私は壊れてなどいない。壊れているのは、世界のほうだ。
「救急車を呼んでください。あなたの息子さんが、苦しんでいます。」
「早く出て行ってください!警察を呼びますよ!」
料理の最中に声を掛けたのが間違いだったのか、彼女は包丁を手から離していない。多分そのことに彼女自身、気付いていないのだろう。私以上に興奮しているようだ。
「本当です。たくさんの出血をしています。部屋を見てくればいい。」
「私に息子はいません!」
半狂乱気味に目の前の女性が叫ぶ。
ドクドク、とやけに心臓がうるさい。うるさくて、彼女の言葉が理解できない。鼓膜を震わしたのに、その声は脳に響かない。
私は後ろを振り向いた。
下りてきたはずの階段が、そこには無かった。
―――― 現実から逃げないで
彼はそう言ったけれど。そう言った彼はもういない。


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