不確かなセカイ-7
3章 究明
翌日私は、彼の通っていた学校に赴き、翔太という生徒について調べたが全くの無駄足に終わった。やはり翔太は存在していなかった。期待していたわけではないが、その事実は私を少なからず落胆させた。これで一つの可能性は消えたわけだ。最も消えて欲しくない可能性が。そして、もう一つの目的である彼の生活態度についてだが、これは私を更に混乱させることになった。クラスメートに聞いてまわったのだが、奇妙なことに彼の様子を詳しく思い出せる人物がいなかったのだ。多くの生徒の反応が、彼の名前をだすと、「誰だっけ」と口に出しそうな表情をした後に、「あぁ、いましたね、よく思い出せないけれど、普通の生徒だったと思いますよ」といった具合なのだ。中には、全く彼の存在を思い出せないクラスメートもいた。たかだか一ヶ月学校を休んだだけで忘れられてしまうような影の薄い生徒だったのであろうか。でも確か彼は成績優秀だったはずだし、それだけで校内では目立つはずなのだが。
私は得た情報を整理するために屋上に赴いた。気分を落ち着かせるため、煙草に火をつけた。マイルドセブン・スーパーライト。私は喫煙者が隅の方へと追いやられている世間の流れに習って禁煙を心に決めた。それが確か一昨日の話。やめられるはずもなく、ポケットに知らずしらずの内に忍ばせてある保険。けれどプライドが働いた結果、スーパーライトという妥協案で終結した。まぁ、なんと安いプライドか。こうして今日も煙の味を吟味する私がいる。
あぁ、うまい。
校内で煙草を吸うことに少々、背徳感を覚えた。煙草の煙は、ゆらゆらと宙を漂い、そして消えていく。それは何かを暗示しているかのように。その向こうに広がる景色は、確かに幻想的だった。オレンジ色に染まった空。鳥の群れが真っ赤な夕日を目指している。
決して届かないというのに、彼らは飛ぶことをやめようとしない。彼らは知っているのだ。
届かなくても手を伸ばすその姿が、正しいということに。だからこんなにも、見る者の心を惹きつけるのだろう。
「・・・はぁ。」
思わずため息が漏れた。いつになくナーバスになっている。それも仕方の無いことだろう。
彼は人の記憶から消えかけている。翔太という青年と同じように。いや、そもそもそんな人物はいないはず。でも本当にそうなのか?このまま彼が忘れ去られれば、彼が存在したという事実そのものが消えてしまうのではないだろうか。翔太と同じように。
「・・・・・はぁ。」
二度目のため息。
「そう考え込まないほうがいい。」
突然、声が聞こえた。私はその方向に顔を向けた。声の主は金網に寄りかかっている。
いつからいたのか。屋上に通ずるドアを開ける音はしなかったはずだ。誰だろうか。
年齢的には、ここの学生と同じくらいだろう。
『翔太だろう?』
また声が聞こえる。目の前の青年が発しているのではなく、この世界のあらゆる方向から聞こえる。昨日の帰り際に聞いた声と同じだ。
「そうだよ。僕は翔太さ。」
その声と話をしている青年。何がなんだか分からない。
「君は、誰と話しているんだ。」
そう言う私の声は震えている。怖い、そう確かに怖い。今にも崩れ落ちそうで怖い。危ういバランスで保たれていた何かが、今、まさに崩れようとしている。
「気にしなくて良いよ。そのうちに気付くから。」
何に気付くというのだろう。できることなら気付きたくない。だって本能が警告を発している。彼は危険だ、と。
「君は本当に翔太なのかい?」
それでも、踏み出さなければならない。今も暗闇で助けを求めている人がいる。
「あぁ、そうさ。」
「どうして?君は死んだはずじゃ・・・。」
「いや、死んではいないよ。ただ、この世界から身を引いただけだよ。」