EP.1「ここ」-3
「我慢できるっしょ、すぐ終わるし」
「い、嫌じゃないぞ、別に」
思い出作り、なんて遠回りな言い回しだけど要は俺と遊びたいんだろう。
一応受験生だったし、姉ちゃんもちゃんと俺に気を遣ってたんだな。
「ずっと勉強してたしたまってんでしょ」
「はあっ?」
「すぐ帰るから。あとは好きなだけ抜け、信之介」
わざわざ口に出して言わなきゃいけない事か、姉ちゃん。
それに、気を遣ってんなら弟にそれくらいの猶予を与えるか、そもそも誘わないという判断を下せばいい。
「今度いいの見付けてきてやるよ。どんなのが好き?」
「いらねーよ!」
全く、がさつなんだから。
姉ちゃんじゃなくてまるで兄貴みたいだな。
床に崩れ落ちていた長袖のシャツを拾い上げて、ため息を吐きながら袖を通す。
「で、どこ行くの」
「ついてくりゃあ分かるよ。それに、知らない方が楽しみでしょ?」
「はい、とっても。朝早く起きて出かけるのは健康的ですよね、お姉様」
「あっそ。まあ、私が弟だったらこう思うね、面倒だって」
俺の皮肉にも全く反応せず、特に悪怯れもしないでしれっと言う姉ちゃん。
はは、やっぱり口じゃかなわないな。
まだ鬱屈した思いはあるけど、受験生だった間にそれが軽くなった様な気がする。
家を出ると姉ちゃんはすぐ自転車に跨った。
嫌な予感がして聞いてみた。
「近いよな?」
「ノーコメント」
歩きで行くとめんどい場所なのかな。はあ、もううんざりしてきた。
一体何の用事なんだよ。姉ちゃんは俺を何処に連れていくつもりなんだ?
乗ろうか迷っていると姉ちゃんはペダルを漕ぎ始めたので、慌てて自分の自転車に飛び乗った。
「ちょっと待てよ、姉ちゃん!」
呼び掛けても止まらず、距離が離れていく。
今度は更に声を張り上げたが振り返りもしなかった。本当に勝手な人だ。
姉ちゃんと出かけるのは久々なんだが、ちっとも嬉しくない。
「おい!姉ちゃん!」
ようやく追い付いて、横から思い切り怒鳴った。
「へえ、意外と体力あるね。受験生だから鈍ってると思ったけど」
「ふざけてないで、いい加減教えろ。怒るぞ」
「もうすぐだよ。そうね・・・あと5分くらいかな」
「本当だろうな」
「・・・ふっふっふっ」
何が可笑しい。そうやって含みのある返事をするな。
言葉を信じるなら5分、か。だけどこのスピードでその時間かかるとしたら、それなりに辛い。
これからの短い、だけど長く感じるであろう地獄に目の前が暗くなったその時−
「ここ」
唐突な到着に、反応か大いに遅れた。
急ブレーキのせいで後輪が思い切り上がり、サドルが尻を突き上げる。
「はっはっはっ、引っ掛かったな弟よ。お前はまだまだ甘い」
なんなのこの人?
ずっと一緒に暮らしてきたけど、未だに行動が予測出来ない。
そして、目的の場所が公園だというのも訳が分からない。