異界幻想 断章-9
「は……始め!」
ラザッシュの声と共に、アパイアが襲い掛かってくる。
勢いに任せて何度も剣が振るわれるが、ジュリアスは軽いフットワークでそれらを全てかわした。
アパイアが、胸の悪くなるような音を立てた。
伍長が笑っている事に気づき、ジュリアスは顔を歪める。
「何がおかしい!?」
問いながら間合いをとるため、後ずさる。
「あのガキをぶちのめしたのが、そんなに気に食わないか?」
「食わねぇな!」
一声唸ったジュリアスは、状況の変化に気づいた。
ラザッシュに、誰かが話し掛けている。
制服の形からすると階級は軍曹らしいが、ラザッシュがかしこまっている所を見るとこの男の方がキャリアは長いのだろう。
男はジュリアスの視線に気づくと、これみよがしに片目をつぶってみせた。
「……!」
運が向いた事を確信したジュリアスは、行動に出る。
「っ!?」
逃げてばかりいたジュリアスが急に懐へ飛び込んできたため、アパイアは一瞬怯んだ。
そのまま脇を通り抜け、グラウンドに置かれたままの木刀に飛びつく。
これは本来、ジュリアスが奪取にきたらラザッシュが妨害する予定だったのだが……先輩軍曹に話し掛けられている現状で木刀奪取を邪魔する訳にもいかず、すんなりと奪えた。
奪った木刀で、ジュリアスはアパイアの手をしたたかに打ち据える。
「ぐあっ!?」
ただの長剣では護拳など当然ついていないので、木刀はアパイアの手の甲を直撃した。
剣を取り落としたアパイアに向けて、ジュリアスは二撃目を振るう。
狙ったのは、顎だ。
切れ味のない打撃武器で下から突き上げてやれば、それはもう強力な一撃である。
体勢の崩れたアパイアの脛に三撃目を加えて転倒させると、ジュリアスは関節に技をかけて伍長の体を制圧した。
娼館で放蕩三昧の間も基礎トレーニングは欠かしておらず、同世代の少年達と比べるとその肉体は飛び抜けている。
怪力で遠慮なく締め上げてやれば、アパイアの関節はあっさり外れた。
「ごああっ!?」
今度は叫ぶアパイアの首に手をかけ、降参を促す。
「もうやり合う必要はないだろ?」
手に力を込めれば、首筋の肉が悲鳴を上げた。
「こ……降参!降参する!」
濁った声で、アパイアは戦意喪失を示した。
「おやおや……なかなかの逸材が入隊したじゃないか。どうだねラザッシュ軍曹、次は君のお手並みを見たいものだな」
ラザッシュに話し掛けていた軍曹が、嫌みともとれる猫撫で声でラザッシュとジュリアスの対決を所望する。
「……いいでしょう」
ジュリアスが油断のならない相手だとようやく悟ったラザッシュは、にやにやした表情を引っ込めながら進み出た。
「一対一の一本勝負だ。いいな、小僧?」
「もちろん」
子飼いの部下を年端もいかない少年にやられた怒りが、ラザッシュを支配している。
関節外しの痛みでのたうちまわるアパイアが救護室へ運ばれていき、ラザッシュは伍長の使っていた長剣を拾い上げた。
「ま、これで伍長も少しは謙虚とか遠慮って言葉とその意味を知ったんじゃねえの?」
怒りを煽るべく、ジュリアスはラザッシュを挑発する。
「そういう言葉を知ってれば、少なくとも新兵に向かって遠征先でケツを差し出せなんて事は言い出さなくなるだろうよ」
ジュリアスの暴露に、周囲がどよめいた。
「……!」
一瞬、ラザッシュの表情が歪む。