異界幻想ゼヴ・エザカール-9
「ありがとう。大いに助かったよ」
「い、いえ……」
何故かラアトは、赤くなってもじもじする。
「ミルカ様のためですから……」
その様子を見て、ティトーの両目がすぅっと狭まる。
「君には、何か感謝の印をあげないとな」
「そ、そんな滅相もない!」
慌てるラアトの体を、ティトーは深花の方に向けた。
「深花。お礼にキスの一つもしてやれば、ラアトは一生君を崇拝するぞ」
「ふぇっ!?」
「なっ……!?」
慌てる二人を見てにやにやしながら、ティトーは付け加える。
「しかも、個人的にな」
「ミ、ミルカ様のキスなんて恐れ多い!ぼ、僕はただ現状がおかしいから是正すべく皆様方に協力しただけで、そのような報酬を期待した訳では……!」
あわあわしているラアトに、呆然としている深花。
キスと聞いて深花は嫌がるかと思いきや……立ち上がって、ラアトに近づく。
「ありがとう。あなたの奉仕は、計り知れない価値があります」
言って、ラアトの頬に軽く唇を触れさせた。
その効果は絶大で、ラアトは腰を抜かして床に座り込む。
「じゃ、戦力確保のためにここから出ましょうか」
「よくラアトに平気でキスしたな」
ジュリアスの声に、深花はティトーへ視線を走らせた。
「だって、ティトーさんがしろって合図したから……」
「ティトー?」
ティトーは、木製のカップに入ったワインを飲み干した。
「戒厳令発令なんて馬鹿げた振る舞いに及ぶ神殿長がそうそう頭の切れる男だとは思えないが、念のためな。ラアトの存在そのものが、罠だった可能性もある」
つまみに注文した鳥肉の揚げ物を口に放り込み、飲み込んでからティトーは言う。
「むろん、純粋な好意からの申し出という可能性もあったが……一番の理由は、土の神学生が土の最高位から祝福のキスを受ける。神殿長ではなくミルカへの忠誠心を蘇らせるなら、この方がスマートだ」
ここは、神殿から一番近い街の酒場だ。
客層はかなりいかがわしく、フラウや深花にいい影響はないように思われる。
「……にしても、誰を待ってるんだ?」
ジュリアスの質問に、ティトーはゆっくり片目をつぶってみせた。
「もうちょっとな」
「ずっとそればっかりだな」
ジュリアスはぼやいて、自分用のつまみに手を伸ばす。
「……いた。あいつらがいい」
抜け目なく光るティトーの目は、今し方酒場に入ってきた一団に吸い寄せられていた。
深花の目にはどう見てもゴロツキとしか思えない連中に、ティトーは近づいていく。
「よう。あんたら、一仕事終えたばかりかい?」
代表らしき男が、怪訝そうな顔でティトーを一瞥する。
「まあな。なかなかいい儲けになったぜ」
「もう一儲けできる話があるんだが、小耳に挟んどく気はないかい?」
男の目に、こずるそうな光が浮かんだ。
「話によるなぁ」
「まあ、聞いてみてくれよ。おっと、まずは一杯おごらせてもらおうか」
「言ってくれないんじゃないかと思ったよ」
通りすがった店員に人数分のビールを注文し、一団は商談に入った。
しばらくして、ティトーが代表を連れて戻ってくる。
「彼の名はアザドだ」
ティトーの紹介に、男……アザドは鷹揚に頷いた。
「ミルカ帰還の噂は聞いていた。しかし、こんな娘っ子だとはね」
半ば呆れたように、アザドは言う。
「しかも他の三人まで、やんごとないご身分の方々ときてる。神殿長も、えらいのを敵に回しやがったな」
言ってからアザドは、ニヤリと笑った。
「神殿からもらう仕事も我々の貴重な収入源でな。突然封鎖された上に市局は全く動きやがらねえ。苛々してた所にあんたらのご登場だ。報酬も折り合いがついたし、最大限協力させてもらうぜ」
「結構。まずしてもらいたいのは、人員集めだ」
ティトーが、注文を入れ始めた。
「うちの上司を通じて、神殿と癒着した市局には喝を入れられるよう手配した。市局が動かない以上、軍を動かしたら干渉されるのは目に見えてる。あんたらくらいに有能で肝の座った連中を相当数集めて欲しい。もちろん、略奪を行わない程度にモラルのある奴らをだ」
「難しい注文だな。特にモラルうんぬんは……まあ、何とかなるだろう」
アザドが唸る。
「俺達の目的は、あくまでもミルカをバランフォルシュと対面させる事だ。そのために邪魔な神殿長を排除したいだけで、神殿長排除後は神殿が普通に開いてもらわないと困るんだ」
ティトーがそこを強調すると、アザドは手を振る。
「分かってらぁな。そこんとこは任せてくれ」
「よし。神殿長や市局に感づかれて邪魔されたらまずい。電撃戦になるから、人員集めも早く頼む」