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異界幻想
【ファンタジー 官能小説】

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異界幻想ゼヴ・エザカール-10

「……ふへー」
 数日後の晩、あてがわれた部屋で深花は変な声を上げていた。
 全く、とんでもない話に膨れ上がったものである。
 神殿長は己の地位に固執し、神殿入り口にバリケードを築き市局に金をばらまいてまで自分を神殿から締め出す事に腐心している。
 市局に金をばらまかれた事により神殿に対する軍の動きが押さえ付けられ、近隣の軍を召集して神殿のバリケードを開けさせる事はできない。
 そこでティトーはゴロツキ寸前の便利屋を大量に雇い入れ、対抗勢力を構築した。
 明日はいよいよ、決行日である。
「……私がバランフォルシュに会いたいって我が儘言わなければ、こんな事態に発展せずに済んだのかしら」
 呟いてから、すぐにそれを打ち消した。
 たとえ自分がバランフォルシュに会いたいと思わなくても、おそらく神殿長は神殿封鎖の暴挙に出ていたろう。
 何故ならば、神殿長は深花の地位を恐れているのであって深花の存在そのものを恐れているのではない。
 ミルカの地位を神殿長に譲渡するのでもない限り、神殿長の恐れは続く。
 そして深花には、ミルカの地位を他人様に譲る気は全くない。
 金の力で見て見ぬ振りをしている市局も、やがてはその影響下にない都市まで噂が広まりを見せれば鎮圧部隊を作られて終わりだったはずだ。
 自分達がやるか、他の人間がやるか。
 違いは、それしかない。
「……っとと」
 深花は部屋を出て、食堂へ行った。
 宿泊客で一杯の賑やかな食堂では隅の席でティトーとジュリアスがテーブルに地図を乗せ、額を突き合わせて何やら話し合っている。
 その様子は明日に向けて作戦を練っているというより、明日以降の旅路をどうするか相談するようなくだけた雰囲気だった。
「お、どうした?」
 こちらに気づいたティトーが、手を上げて深花を招く。
「添い寝して欲しいのか?」
 ジュリアスのからかいに、深花は首を横に振った。
「ちょっと見繕って欲しい物があって」
「何だい?」
 不思議そうなティトーを相手に、深花は切り出す。
「切れ味のいいナイフを一つ」
 それを聞いた二人は、険しい顔になった。
「……物騒な話だな」
 慎重に返してきたティトーに、深花は言う。
「明日の事を考えると、護身用に一本持っておく方が無難かなと思うんですけど」
「止めとけ」
 深花の懸念を、ジュリアスが切る。
「扱いを知らないお前にナイフなんぞ持たせたって自分の指を切るのがせいぜいだし、すぐなまくらにしちまう。つうか、俺が対抗勢力の連中の前にお前を晒す訳がねえだろう」
 何とも頼もしい台詞である。
「明日、お前は俺達の旗印として堂々と構えてるだけでいい。無血解放は難しいだろうから、朝飯は少なめに摂ってまずい場面を見ても胃の中のものを戻さないようにしとけ。堂々としとかなきゃならない旗印がゲーゲーやってるんじゃ、締まらないからな」
 続く言葉がなければ、完璧だった。
「そうだ。お前、黒星に乗れるか?」
「へ?」
「鞍にまたがってるだけでいい。疾駆鳥は荒事の渦中じゃパニックに陥りやすいから連れていけないし、黒星なら軍馬だからある程度お前の事は守ってくれる」
 それを聞いてティトーが驚く。
「深花は黒星に触れるのか?」
「ああ。初日に厩舎でこいつに撫でてもらってたくらいにお気に入りさ」
「は〜……あの癇馬がねぇ」
「俺との相性はいいんだよ」
 自分の愛馬だけにそう言ってかばうと、ジュリアスは立ち上がった。
「お前は何も心配すんな。俺が守る」
 どき、と心臓が跳ねる。
「……むやみにかっこいい台詞は吐かないでよ」
 呟きは聞こえなかったらしく、歩き出しながらジュリアスは言う。
「顔色が悪いのもまずいから、早めに寝とけ。ティトー、部屋まで送ってくる」
「へーい」
 手をひらひらさせて、ティトーは二人を見送った。
 二人で部屋まで戻ると、何故かジュリアスまで部屋に入ってくる。
「……寝かしつけなんていらないわよ」
「本当に?」
「いら……ない」
 抱かれて眠る安堵感を思い出すと、深花の語調は弱くなった。
 目まぐるしく動くであろう事態と、避けられない流血。
 抱える不安は大きく、誰かに寄り掛かりたい気持ちは否めない。
「一人で寝れるんだな?」
 ジュリアスの念押しに、深花は屈服した。
「……一緒に寝てください」



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