初夏のすれ違い / カラダ編-11
「…も、もしもしっ」
『…よう』
「…こんばんわ…」
ふっ、と電話の向こう側が笑っている音が聞こえ、
『こんばんは』
「…な、なんか声違うね、低く聞こえる…」
動揺したまま言葉をつむぐ。
『そうか?…片桐は、片桐の声は、いつもより細い気がする。
お前、もっと元気キャラだろ』
「え、そ、そーかな?」
『ん、そう。
なんかあった?アニキにかまってもらえないとか?』
「ちっ違うよ!
…なんも無い、お兄ちゃんは旅行だしっ」
思わず口を滑らせる。
『…へー』
「さっ、サクはなんの用?
明日は早いんだから、気使ってよね!」
慌てて話題を変えると、今度は、くっ、という笑い声が聞こえた。
『お前はそーでなくちゃな。
元気な方がイイって。
…用ってのはさ…』
亜紀子がなんと返せば良いのかと口ごもるうちに、サクが用件に入る。
『この間の話。
ほら、他人に言えないような話、聞くって言っただろ』
「あ、うん、そうだけど…今?」
『へ?ばーか、違ぇよ、今度ゆっくり聞いてやるっつってんの!』
これはきっと、カラダの関係とは別の誘いなのだろう。
安心して、亜紀子は休みの日を教え、大きな街のカフェを指定して待ち合わせを決めた。
その後、昼間のメールについて互いに茶化したり、世間話をしたりして、亜紀子の緊張もほぐれてきた頃だった。
『そう言えば片桐、お前さ、…伊藤になんか言った?』
いきなり直球で聞かれ、亜紀子は言葉を失った。
『…やっぱりな。
どこまで言ったんだ?最近、すげー睨まれんだけど』
…それは知らなかった。
何もしないでと、結衣に言っておくんだったと歯噛みしても、もう遅い。
『…ま、いいけど。
アニキとのことはともかく、お前のヤバイ写メは売るほどあるからな』
これがサクの本性だ、と身構える亜紀子に、サクは意外なこと言った。
『…でも、伊藤が友達で良かったな、ある程度知ってもまだ仲良くしてくれんだろ。
片桐は超〜淫乱なのになぁ?
しかも、俺にはもっとすげぇコト、聞かせてくれるんだよな?
楽しみだな、意地でも話させるからな、覚悟しとけよ?』
…―サクが、分からない
電話を切った後、ベッドに座り込んで亜紀子は放心していた。
普通に会話していたかと思えば、突然脅迫者の顔になったり、亜紀子を心配してきた次の瞬間に貶めてきたり。
もはやサクが自分を好きなのかどうか、ちっとも分からなくなっていた。