-続・咲けよ草花、春爛漫--7
「……何だよ」
「別に、何でも? それはそうと――蕪木、だっけ。ミハル、借りていくな」
「ミハル?」
怪訝そうに首を傾げた蕪木に、俺は面倒臭そうに言った。
「この格好になってから、皆が“ヨシハル”じゃなくて“ミハル”って呼ぶんだよ。止めて欲しいけど、いちいち訂正すんのも面倒臭くなった」
ふうん、と鼻を鳴らして、蕪木も立ち上がった。
「蕪木はこの後寮へ戻るのか?」
「そのつもりです。同室の奴と飯食いに行く約束をしているから」
「そうか、それじゃあまた明日な」
俺が手を振ると、そこでやっと蕪木もその面に笑みを載せて手を振った。
「ああ、また。芹先輩」
――ざわり、と。
何故だろうか。その時そいつの見せた笑みに、俺の胸が騒いだ。
「は、早く行こうぜ」
その動揺を傍らの鈴代にさとられないよう促す俺に、鈴代は未だにやけた笑みを消さない。
ぐいぐいと鈴代を引っ張っていく中、ちらりと蕪木を見やったが、あいつは既に寮へ向かっていたらしく階段にいなかった。
俺は何となくほっとして、鈴代の腕を離す。
「なあ、ミハル」
鈴代は歩きながら言った。
「あいつ、何? “セリセンパイ”って呼んでたけど」
「蕪木は俺の中学時代の後輩。野球部に“ナントカ沢”ってのが三人いたから、俺は“芹”だとか“芹先輩”って呼ばれてたんだ」
岡沢は岡先輩、平沢は平先輩というふうに。三人合わせて“三沢”とか呼ばれていたっけ。
「野球部か、なるほどね。あいつ、文藝研究会って面してないな」
「確かに」
というか、それは御形先輩や鈴代にも言えることだろ。
俺がそう突っ込むと、鈴代は髪を掻きあげて言う。
「御形さんはともかく、俺は明らかに文学少年だろう。この容姿を見ろ」
確かに、見た目だけなら真面目な好青年なのだ。クセのない黒髪を掻きあげるその姿は割と絵になる。田平先輩のような眼鏡をかけたら、いかにも文学少年というふうに見えるかもしれない。
「お前の場合、中身がこれだからな……」
俺は呆れたようにぼそりと呟き、未だそのポーズを崩さない鈴代を置いて再び歩き始めたのだった。
その翌日。
新入部員の歓迎会は部室にて、ジュースとお茶だけで滞りなく行われた。
鈴代とディスカウントショップで買ったチョコレートやスナック菓子を摘みながら、普段の部活や学校行事について、新入部員の二人に説明する。
「学年間での親交を深めるために、か。なるほど、だから体育祭がこんなに早いんですね」
「秋には学園祭があるからね。同時期に大きな行事を二つもやるのは大変てのもあるけどねー」
御形先輩が言いながら、ポップコーンに手を伸ばす。残り少なくなったポップコーンを取りやすいように袋ごと先輩に渡してやりながら、小日向が言った。
「蕪木君はD組よね。鈴代君や函部ちゃんと同じ団だね」
「「!」」
小日向の言葉に、なぜか驚いたような顔をして顔を見合わせる鈴代と蕪木。
視線がかち合った後、鈴代はふっと笑って気障ったらしく髪を掻き上げた。
「へえ。足引っ張るなよ、一年」
「そちらこそ」
どうしてこうなるのか。一瞬にして険悪なムードになり、俺は冷や汗を掻きながら函部に話を振った。
「は、函部、よかったな。同じ団に知り合いが二人もいて」
「先輩は?」
「え?」
「ミハル先輩は、団が違うんですか?」
問い正されるような函部の言葉に、俺は思わず背筋を伸ばしてから首を横に振って違うと答えた。
というかだな、函部。“ミハル”って。
(芹沢先輩からいきなりミハル呼びか……せめてヨシハルって呼んでほしいんだが)
でも、ここで訂正したって無駄な気がするので止めておく。
それに、てっきり昨日のことで函部に嫌われたかと思っていたから、彼女のこの反応は少し嬉しい。