-続・咲けよ草花、春爛漫--15
「ほんま? おおきに」
それに合わせて早足になる紺野。
何となく対抗意識を持って俺が走り出すと、紺野も駆け出す。
何故か俺達は教室までを若干本気でもって走っていた。
「「ゴール!」」
誰もいない教室に響く、俺達の声。
「ミハル足早いねんな」
そっちこそ、という言葉は言わないでおいた。こいつは男、俺は身体は女だもんな。
しかし、二十数メートルほどとはいえ、ほとんど全速力で走って息切れしていないのはさすがに運動部か。
「走るのは得意なんだ。おかげで去年も体育祭でも徒競走系はほとんど走らされるはめになった」
はめ、とは言いつつも内心はガッツポーズだ。
今回の体育祭、俺は女子枠で出場することが決定した。男の時より若干タイムが落ちたとはいえ、他の女子と比べたら相当足が早いと自負している。
つまり、女子の徒競走系種目ではほとんど一位や二位を獲れるという自信があるのだ。
喜べ紺野。同じ赤団として。
「お、あったあった」
俺は鞄の中に入っていた、封の開いたチョコレート詰め合わせの袋を紺野に渡した。
袋を受け取ると、紺野は黙って俺をじっと見つめてくる。時折、目を瞬かせながら。
首を傾げる俺に、紺野は言った。
「何や、ミハル彼氏おったん?」
「は?」
あまりに唐突すぎる質問。俺は間の抜けた声を上げる。
すると紺野は、しまったといった表情を浮かべた。
「あらら、違う? あちゃー、マズったわ」
「何だよ、俺に彼氏なんているわけないだろ」
「なら、彼女?」
「……彼女もいねぇよ」
この身体じゃな、と言う俺に紺野は更にしまったという表情を浮かべる。
胡乱げに眉根を寄せて俺は言う。
「何でそんなことを訊くんだ?」
「んー……」
言いよどむ紺野を俺は少し苛立ちを含みながら促した。
「答えろよ、気持ち悪いな」
すると紺野は苦笑交じりに己の右首を指し示した。
「首筋。キスマーク付いてんで」
「キスマ……!」
俺ははっとして自分の首に手を当てる。
本当についているかどうかこの角度からは分からなかったが、紺野がカマをかけているとは思えない。
そして思い当たる節はあった。奴しかいない。
鈴代、あいつ――!
「こんなこと訊くんも野暮や思うけど、ミハル、そーゆー相手がおるん?」
「そういう相手って?」
つまり、と紺野。
「セフレ」
「ばっ」
馬鹿じゃねーの! と言いかけて止めた。
本番こそしていないものの、鈴代との関係は――セフレとはいえないまでもかなりグレーだ。
口をつぐむ俺に、紺野は言う。
「意外やな」
その声は呆れているような感心しているような声だった。
紺野は少し考えるように上を見上げてから不意に言った。
「単なる好奇心で訊きたいねんけど、お相手は男? それとも女?」
「後者だったらいいんだけどな」
「男か。そんでもって満足はしてない、と」
その言葉に思わず吹き出す。
「満足してないっつーか……」
しているかいないかでいったら、おそらく前者なのだろう。
悔しいけれど気持ちいい思いはしている。だが、それが鈴代だというのはまた別の話だ。