異界幻想ゼヴ・アファレヒト-17
「風の神機カイタティルマートの祝福を受けたお方『アレティア』、ティトー・アグザ・ファルマン殿。並びに水の神機マイレンクォードの祝福を受けたお方『サフォニー』、フラウ殿」
畏敬の念を込めて係官が呼ばわった後、二人は足を踏み出す。
姿が階下に消えていってから、係官が再び声を上げた。
「炎の神機レグヅィオルシュの祝福を受けたお方『クルフ』、ウィルト……」
正式な名乗りを告げようとした係官を、ジュリアスは殺気立った目で睨み付けた。
「……ジュリアス殿」
略された所で、睨みを止める。
「そして……土の祝福を受けたお方『ミルカ』、深花殿」
ジュリアスのリードに従って、階段前まで進む。
宴会場に会した一堂の視線が、二人に突き刺さった。
視線を引き付けたままゆっくりと、二人は階段を降りていく。
階段を降りきった所で、誰かが拍手した。
一つ、二つ……やがて、割れんばかりの盛り上がりにまで高まる。
「ユートバルトの奴……演出に凝りすぎだ」
唇を動かさずに、ジュリアスは批評した。
「どういう事?」
横顔を見上げて問い掛けると、腕を引いて歩き出しながらジュリアスは言う。
「とにかくこの場は非歓迎派の活動を抑えたいからな。サクラを何人か用意して、そういうのが活動しづらい雰囲気を作るのに腐心してる。別にその事自体はやってしかるべき事だし異論はないが、ちぃとあからさまなんだよ」
二人はやがて、他より一段高い場所……後列に近衛兵を十人配した、王族の座る席の前までやって来た。
そこにいたのは、三人。
向かって左側に、ユートバルト。
右側に、ユートバルトとよく似た面差しの豪奢な女性。
そして正面に……国王、レシュ・ホーヴ十五世。
いずれ劣らぬ堂々とした態度で、そこだけ空気が違っていた。
「陛下」
腕を解き、ジュリアスが一礼する。
「我ら人類にとっていと切要なる宝、ミルカの後継をお連れいたしました」
「うむ、ご苦労であった」
威厳たっぷりな声でジュリアスをねぎらうと、国王は深花に視線を注いだ。
「よくぞ戻ってきてくれた。我々は、そなたを歓迎する。これよりは国のために励むがよい」
深花は、ドレスの裾をつまんで一礼する。
「はい。誠心誠意、仕えさせていただきます」
二人は国王の前を辞し、すぐ近くにある五人掛けの席まで移動した。
ジュリアスが引いた椅子に座ると、ティトーが声をかけてくる。
「上出来だったぞ」
ザッフェレルは、ニヤリと笑った。
「これで皆に印象付ける事ができたろう」
目が合うと、フラウが微笑む。
「お互い、恥をかかずに済んだわね」
そして、隣でリードしてくれたジュリアス。
「よくやった」
一様に褒められてくすぐったくなった深花は、一言礼を言うと赤くなってもじもじしてしまった。
出席者が揃った所で食事が出され、舌鼓を打つ。
食事が終わればいよいよ、練習の成果を見せる時だ。
「さぁ、茶番の始まりだ」
舞台の準備が済むのを見届けたジュリアスは、立ち上がって深花に手を差し出す。
「それではお嬢様、私と踊っていただけますか?」
急に言葉遣いが丁寧になったので、深花は吹き出しそうになった。
見れば顔つきも、別人のように穏やかになっている。
吹き出すのを堪えた深花は、何となく事情を察した。
これは本来の気性を隠した、いわば貴公子の仮面をかぶったジュリアスなのだ。
華やかに着飾った令嬢達と交歓する時は、いつもこんな顔をしているのだろう。
大公爵公子、ウィルトラウゲータ・アセクシス・エラウダ・バラオート・カイゼセンダージュ・バラト・ジュリアス・ダン・クァードセンバーニとして。
ジュリアス本来の気性にとって社交界は窮屈で堪らない所だったろうなと、深花は思った。