昏い森−睡蓮−-2
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睡蓮の部屋に窓はなく、出入り口は侍女たちが出入りする重い扉の一箇所だけだった。
扉には外から鍵が掛けてあり、睡蓮が自由に出入りすることを許さない。
「お嬢様。夕食の膳をお持ちいたしました」
そのしわがれた声からかなりの老齢だと推測される侍女は、毎回、睡蓮の夕餉の膳を運んできた。
いつもなら、ありがとうと礼を言うだけの睡蓮だったが、今日は違った。
「・・・ねえ」
膳を置いて、余計な言葉はかけずに、一刻も早くここを去ろうとしていた老女は、この薄暗い部屋の主から思いがけず声を掛けられ、戸惑った。
離れに膳を運ぶようになって、少女から声を掛けられるのは初めてのことだったのだ。
驚いたように身を震わせ、振り返る気配が睡蓮に伝わる。
「外に、仔猫がいるみたいなの。私の膳を少し、分けてきてくれないかしら」
老女はいまだぎょっとして、返答も忘れているかのようだった。
睡蓮は、自分はよほど恐ろしい顔つきをしているのかと訝しく思う。
「本当よ。私、目が悪い分、耳はいいの。・・・ねえ、お願い。お腹を空かせているみたいなの」
睡蓮としても、こんなに人としゃべったのはほとんど初めてだった。
上手く言葉を紡げているか自信はあまりなかったが、尚も真摯に懇願すると、やがて老いた侍女は諦めたようにため息を一つついた。
「・・・分かりました。見て参りますので、お嬢様はお食事を」
そう言うと、重い扉を開けて、しぶしぶ外へ出た。
―鍵は、掛けないままに。
睡蓮は侍女の足音を注意深く聞くと、自分もするりと扉の外へ出た。
侍女と鉢合わせする可能性もあるが、彼女が出て行った方向とは別の方へ睡蓮は重い足を引きずって進んだ。
恐らく、もう日は暮れているし、そうそう人に見つかることはないだろう。