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昏い森
【ファンタジー 恋愛小説】

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昏い森−睡蓮−-3

久々に感じる外の空気は、思った以上に清々しく、時折甘い花の香りが混じるので、季節は夏かも知れないと睡蓮は思った。

素足に感じる土のふかふかとした感触は心地よく、睡蓮までも生き生きとさせる。
この足が自由なら飛びまわりたいくらいだ。

心地よい風が吹きぬけ、木々が盛大にざわめく音を聞いた睡蓮は、ああ、森の方へ来てしまったのだなと思う。

屋敷の方へ行かなくて良かったと思いつつも、勝手の分からない外では地面を這う木の根に、何度も足を取られて転び、奔放に伸びた枝で手足はあっという間に傷だらけになった。

だが、睡蓮は微塵も気にしなかった。このまま行けるところまで、進もうと思う。

物心ついた時から、一歩も外に出たことのなかった睡蓮は僅かしか歩いていないにも拘らず、すでに荒い息をつく。
情けないと思いながら、大きな木の幹に手をついて、息を整えた。

と、どこからか、獣の声が聞こえくる。

低く、威圧するようなその声は森に反響するように広がる。

睡蓮がいた離れは森にほど近く、木々のざわめきや鳥の囀りが良く聞こえてきたが、今のような獣の声は聞いたことがなかった。

さすがに、睡蓮もその尋常ならざる声に慄いたが、そもそも死ぬためにここへ来たのだと思うと幾らか気が楽になった。

そうして、どれくらい歩いただろうか。

睡蓮の額からは雫が滴り、引きずって歩く足は泥まみれでいつもより大層重く感じられるようになっていた。
何度も木にぶつかったため、腕は内出血と切り傷でずきずきと痛んだ。
荒い息を繰り返して、もう歩けないと思った睡蓮はゆっくりと後ろへ倒れたが、彼女の後頭部の先には運悪く、ふかふかの土ではなく、固い木の根が広がっていた。

ごつんと無骨な音を響かせ、睡蓮は意識を手放した。




睡蓮は夢現に生温かく、湿ったものが己の頬に押し当てられる感触に気がついた。
自分ではない荒い息づかいも感じる。

自分の目は使い物にならないので、何者かの方へ手を伸ばすと、思いがけず柔らかい手触りがした。
わしゃわしゃと撫でる。
温かく、ふわふわの毛並みは艶やかでもあるのだろう、睡蓮の手のひらに吸い付くようで心地よい。
―犬?それとも狼だろうか。
撫でた感覚ではそれほど、小さくない生き物のようだが。

「―娘。そのようなところで寝ていては、喰われるぞ」

腹に響くような、深く低い声がして、睡蓮は驚いた。
てっきり美しい毛並みの獣だけだと思っていたのだが、人もいるのだろうか。

「・・・寝ていたわけではないのですが・・・」

起き上がって、睡蓮は声のした方へ手を伸ばしたが、触れるのはやはりふかふかとした感触だけだった。

「お前、目が見えぬのか」

面白そうな声音は、睡蓮が触れている獣から発せられているようで、強かに打った後頭部が見せる幻かとぼんやりした頭で思う。・・・実際、睡蓮には見えないが。

盲目の少女が、夜の森へ来るなど自殺行為だ。
獣は笑った。


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