どこにでもないちいさなおはなし-43
「やはりもうジュリアスの息が?」
ジャックはマイラの手から荷物を受け取ると馬にくくりつけました。マイラはジャックの言葉に大きく頷くと腰につけていた白い皮袋を口元に近づけて中の水をごくごくと飲みました。
「あぁ、すごいもんだ。天晴れだね、あれは。何たってまず俺達扉を叩いただけで兵士を呼ぶための火薬に火をつける始末。もちろん扉は開かないし、誰かが非常用のラッパの音を鳴らせば街に人が居なくなるんだ。要所要所に兵士は立ってる……で、しょうがないからあの街の隣の街まで行ってきたんだよ」
マイティはジャックが馬にくくりつけている間から話始めて、自分が持っている分をジャックに渡し、それをジャックが馬にくくりつけ終わるまで話していました。
目覚めたばかりのリールは何度か欠伸をしながらその話を聞き、たまに目を擦っていました。
「どうしたんだい、リール」
何度目かの欠伸でようやくジャックの話が終わるとマイラは心配そうにリールに近づいてそっとしゃがみこんで尋ねました。マイラの白くて長い指先がそっとリールの寝癖のついたふわふわの前髪を直しました。リールは伏せ目がちになってマイラの服を見つめました。
「……力を使ったの。初めてだったから思ったより疲れたみたい」
マイラの手が止まり、そっとリールを抱きしめました。
「コントロールする事を教えてあげるね。……必ず、出来るようになるさ」
それは本当は母親の役目でした。リールは伏せていた瞳から涙をこぼしました。ちょうど太陽が沈みかけていて、その涙は金色に見えました。
その頃、ルルビーの城では血まみれになった部屋の王座でジュリアスがあの本を手に鬼のような形相で睨んでいました。本はちょうど半分ほどの所までは開くのですが、その先はまるで分厚い一枚の紙のようでした。あの時イヴが言っていた言葉がジュリアスの脳裏に浮かんでは消えていきました。
「なぜだ、なぜ、開かない!」
ジュリアスは側にあった虹色に輝くとても立派な壷を持ち上げると壁に向かって投げつけました。まっすぐに壁に吸い込まれたそれは悲鳴を上げて砕け散り、粉々になった破片から何匹もの妖精が泣きながら窓の方へと飛んでいきました。
「これでは何もならないっ、何なのだ、ゼロとは、何なのだ」
血走った目で本を見つめる先では勝手に文字が綴られていくのでした。それは手にしているジュリアスの未来でした。見る見る間にジュリアスの顔は青ざめて行き、分厚い紙から皮が一枚めくれるように新しいページが出来るとそれを無理矢理ひっぱって破いて捨てました。ですが、同じ文面で同じ文字で、それはまた書かれていきました。
ヤールの国ではイヴが死んだことがようやく伝わってきました。最後までルルビーに加担する事を渋っていたヤールの若き王は漆黒の翼を震わせてその知らせを一番の部下であり幼馴染の白い片翼の男から聞き、三度も確かめました。
ラーの国ではルルビーの次にその知らせを聞いていました。ルルビーに誘われ断りきれなく兵を多少なりとも出してしまった半魚の王は自分の下した決断の重さに美しかった紺碧の髪が白くなるほど涙を流し、その涙が赤い血に変わる頃に自分の胸を突いて自らの命に終止符を打ちました。