黒い看護婦9-2
診察台の上に寝転んでる僕。
取り敢えず飽きたのか、樹里さんは診察台の横の椅子に座ると化粧を直しだした。
僕は壁時計に目をやった。
6時35分。
窓の外もすっかり明るくなってる。
「あの〜」
「あひぃ?」
問い掛ける僕。
手鏡を覗き込んでグロスを塗ってる樹里さん。
僕の方を見向きと言うか塗る事を止める事もなく答えた。
「僕はいつ頃、病棟に戻るのでしょうか?」
正確には“戻されちゃう”であった。
ここにいると樹里さんと二人っきりでいれると思ったから…。
「へんへぇが…ひんはふ…ひぇはは」
唇を内側に巻き込む様にしてグロスの乗りを確かめる樹里さん。
ん〜ん…。
多分、“先生の診察してから”って言ってんのかなぁ。
でも恐ろしいまでに僕には興味ないみたいだ。
「そーやーさぁ」
今度は目を直し始めた樹里さん。
相変わらず鏡しか見てないけど、僕に話しかけてきた。
「な…なあに!?」
やっぱり嬉しそうを堪えきれない僕。
「アタシさぁ…バージンだったんだかんね!責任取ってよね!」
「いっ!」
またまたって感じで。
大それた事を言いだす樹里さんだけど…。
ん?責任取れって。
からかわれてるだけかも知んないけど。
僕の顔はデレデレ。
「んちゃてぇ!」
化粧がバッチリ整った顔を僕に見せておどける樹里さん。
やばい…本気で責任取りたくて仕方なかった。
病院が動きだすまで、まだちょっと時間があった。
「ねぇ…樹里さん」
僕は手持ち無沙汰を持て余して樹里さんに話しかけた。
けど…。
樹里さんはこっそり持ち込んでいたファッション雑誌に夢中。
「樹里さんってばぁ」
「あに!?」
雑誌からは目を上げようとしない樹里さん。
「あそぼ…」
僕は思いきって樹里さんに甘えてみせたけど。
「パス!」
速攻、却下の樹里さんの素っ気ない返事。
でも今は一分、一秒も無駄に出来ない思いだ。
たとえエッチな事が出来なくてもいい。
からかわれてもいいからイチャイチャしたかった。
「お願いだよぉ」
渾身の力で甘える僕。
「だぁぁぁぁ!うっせえな!」
樹里さんがイラってして僕の方を睨んできた。
僕はパチパチ目をしぱたいたり。
これでもかって眉を潜めたり。
とにかく健気の猛アピール。
「ったく!しゃあねぇなぁ!」
金髪頭をガシガシと掻いてる樹里さん。
やた!やった!…どっちだ!?エッチなヤツ?エッチじゃないヤツ?
僕はドキドキワクワク。
「んじゃ!シリトリな!」
樹里さんの口から出たのはエッチじゃない方だったけど。
樹里さんとのシリトリ…シリトリ最高!
僕は天にも登る思いだった。
「んじゃ!アタシから行くぞ!“タカチン”のン!」
「え…え!?」
僕は診察台の上からズッコケ落ちそうになった。
「エじゃえねぇよ!ンだよン!」
ちょっと…この人はどこまで本気なんだろ。
僕は愛想笑いを浮かべながら何とか繋ぐ事を考えた。
この際はシリトリのルールとかどうでもいい。
樹里さんの機嫌を損ねる事だけは避けたかった。