幼年編 その四 妖精の里-6
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ザイルはホビットと一緒に住んでいるらしく、村の西の庵にいるとのこと。
リョカ達は防寒具に身を包みながら向かっていた。特注の手袋というか足袋で四肢を防寒したガロンは元気よく荷物を載せたソリをひく。
「なあ、なんでルーラつかわんの?」
せわしなく周囲を飛ぶシドレーは自然な疑問を口にする。
「アンタだってその葉っぱみたいな羽つかってないでしょ? もっと大きくてカッコイイドラゴンならあたし達皆を一度に運べるのにさ……、せいぜいトカゲのシドレーちゃんにはそれも出来ないもんね……」
「うっさいアホ!」
フンと火の息を吐くシドレーに、ベラはニヒッと笑う。例のイタズラも本当にこの子の性格が原因なのだろうとリョカは思っていた。
「でも、ルーラのような古代の魔法が使えるなんてベラさんもすごいですわね……。私達人間はある理由で禁止したそうですが……」
魔法に特別興味のあるフローラはふうとため息をつく。
「え? 禁止したの? どうして?」
「ルーラーっていうのはつまり、拠点を制覇するってことに起因しているのよ。今世界は……人間の世界だけど、大陸ごとにある程度まとまっているわけ。けど、当然ながら火種は持っている。人が増えれば領土が必要になる。だから新たに土地を求め、場合によってはほかの国を滅ぼしたり従属させる必要がある。つまり、戦争ね」
「戦争……」
リョカはその言葉を深くかみ締める。彼が生まれてから大きな戦争はなかったが、東のラインハット国では平和的な先王の死をきっかけに再軍備が行われているとパパスがサンチョと話しているのを聞いた。
「もしルーラなんてあったら、斥候を走らせて大部隊を送ることができる。それは互いに同じことだけど、まあ千日手になりかねないってことよ。で、戦争を続けるにはお金に兵站っていうか、単純に食料とかが必要になるわけ。でも、働き手が槍をもって借り出されるわけだから、その先に待ち受けるのは……」
「なるほど……」
「で、そういったことを防ぐためにも人間達はルーラを禁止したの」
「へぇ……でも、昔はどうして平気だったの?」
「昔は……確かポワン様のおばあちゃんのおばあちゃんの頃なんだけど、地獄の帝王っていうのが復活してね、人間同士が争っている場合なんてない、協力する必要があったのよ。だからルーラで互いの繋がりを持っていたわけ。でも今は魔物の活動も減って……」
「嘆かわしいことですわ……」
そう言うフローラだが、それとは別にあまり表情が良くない。というのも、彼女はルーラが封印されたもう一つの理由を知っているからだ。
戦争の回避は表向きな理由だが、本当は経済界の圧力だ。経済を牛耳る方法の一つとして流通の掌握がある。
平地よりも危険で大型の水棲の魔物がいるというにも関わらず船を動かすのは、そうすることで商品の値段を維持できるから。
当然世界の富豪、十指に名を連ねんとしたいゴルドスミス家もまた、その恩恵にあずかっているわけだ……。
半分真実、半分流言であるルーラ封印の理由がエルフの里にも流れていることにフローラは驚きを持っていた。
「んで? その講釈と妖精のイタジャリがルーラで移動しないのはどういう理由なん?」
「それは……私がホビットの庵の場所を知らないからよ……」
「か〜、そんなん俺ら呼ぶ前に調べとけっての。そうすりゃわざわざ荷物ソリに乗っけて移動する必要ないじゃん……」
「う、うるさいわね! っていうかイタジャリって何よ!」
「イタズラばっかりするジャリん子だからイタジャリ。我ながらナイスなネーミングセンスだろ?」
「き〜、誰がジャリよ! アタシはれっきとしたレディだってば!」
「はいはい、まだトマトリゾットも出されていないションベン臭いジャリは黙っていてください」
また例の単語を出すシドレーにリョカは疑問符を浮かべるしかない。だが、心当たりのあるフローラと今まさにバカにされたばかりのベラは顔を真っ赤にしている。
「いいでしょ! エルフはそういうのが人間より遅いんだから! ねーフローラさん!」
女の子というか人間の性徴を知る者ならばある程度見当の付く会話。振られたフローラはやや申し訳なさそうに俯くと一言。
「えと、私はもう……」
「え……もう? 嘘、アタシより年下なのに……」
「その、ごめんなさい……」
何がごめんなのかわからないリョカ。楽しそうに飛び回るシドレーと、真面目の走るガロン。ベラは八つ当たり気味に雪球を投げるが、空中を飛び回るシドレーに当たるはずもない……。