階段を上る時-5
車は海沿いの国道を走りつづけていた。その間も遥奈は悠斗の体に接し続ける。一度感じた温もりを少しでも感じて居たかったからである。それは悠斗も同じ事であった。二人は車中でも手をつなぎ、一体感を感じ取っていた。しばらくした後、海沿いの道は派手なイルミネーションに染まっていた。ちょっとしたホテル街になっているらしく、少し鬱蒼とした国道の雰囲気に似合わない、派手な装飾が道行く人の目の奪う。まだ幼い子供にはちょっとしたテーマパークに見えるのかもしれない。教育上、決していい場所ではないが・・・。二人の車はその中でも一番海が綺麗に見えると思われる建物に滑り込んでいった。時計は既に23時を回り、互いに帰ることはままならない事を感じ取っていた。それはまた、今夜は二人で過ごす・・・という意味でもあった。時間の割に部屋に空きがあったため、難なくチェックインを済ました二人は、ホテルの広さに戸惑いながらも部屋へとたどり着いた。片時も離れることなく、二人の繋がれた手が解かれることはなかった。部屋についた途端、安堵の息がこぼれる。そして・・・安心感からだろうか、お腹から食を求める音が二人同時に鳴り響いた。その音に思わず吹き出してしまう二人。緊張感が一瞬で消し飛び、二人で笑いあった。ここまで来る道程は、緊張感からか笑い声は殆ど無かった。笑いながら二人は更に体を密着させる。何度も何度も唇を重ね、互いを求め合う。ここまで来て、二人に迷いなど無かった。
軽い食事を済ませ、休憩をする二人・・・。既に二人とも心の準備は整っていた。悠斗がふと立ち上がり、
「シャワー浴びてくるね」
と優しく声を掛ける。遥奈もまた
「うん」
と微笑みながら応える。悠斗はシャワーだけのつもりだったのだが、浴室を見るとジェットバスがついており、入ってみたいという衝動に駈られた。悠斗には意外な幼さが残っていた。好奇心旺盛なのは幼少の頃からであったが、成人してからもその傾向は変わっていない。浴室から遥奈に向かって、
「ジェットバス付いてるよ!一緒に入らない?」
と、悪戯っぽく誘う。しかし彼女は悠斗の予測どおり、
「お風呂なんて恥ずかしくて一緒に入れないよ!」
と返事が返ってくる。遥奈が恥ずかしがり屋だということは、悠斗にはわかっていたのだ。分かっていてちょっといじめてやりたいと思うのは、男の性だろうか?軽くシャワーを浴びた後、悠斗が浴室から上がってきた。
「早かったね?もうジェットバス使ったの?」
と遥奈が問い掛ける。
「まだお湯を張ってる最中だよ」
と悠斗が応えると、彼女の顔が(あっ、そっか)という表情を浮かべる。悠斗は下着の上にバスローブを羽織っただけの姿で、遥奈の横に座る。遥奈は彼に視線を向けたが、悠斗があまりに無防備な格好をしていた為、顔を赤らめテレビに見入ってしまった。部屋の中は外の寒さが嘘のように暖かく、彼女は着ていた上着を脱ぎ、薄手のパーカーとジーンズだけの姿となっていた。ふと、彼女は自分に注がれている視線に気がつき、視線の元へ目先を配る。もちろんそこには悠斗しかいない。彼女は恥ずかしさが込み上げ、思わず
「テレビつまらないね。他に何かやってないかな?」
とテレビのリモコンを手にした。リモコンは遥奈と悠斗の間に、無造作に置かれていた。手を伸ばす遥奈の手が、悠斗の手に握られた。不意の出来事に驚いた遥奈の体が揺れる。
「びっくりし・・!!・・・っはぁ」
遥奈の唇が、悠斗にふさがれていた。驚きの余り声にならなかったが、遥奈は抵抗しなかった。今までとは違い、彼の積極性が増している。悠斗は彼女を寝かせ、部屋の明かりを互いがどうにか見えるくらいまで落とした。過度な光は二人の羞恥心を増が、逆に適度な光は二人の気持ちを掻き立てるのだ。遥奈に軽く覆い被さるような形で悠斗は居た。遥奈は半ば硬直するような形で身を任せている。悠斗の手が遥奈の頬に掛かる。
「本当に逢えて嬉しい。こうしてここにいられるのが夢のようだ。でも夢じゃないんだよね。こうして遥奈がここにいるんだよね」
遥奈には悠斗が泣いているような声に聞こえた。彼女は悠斗の目頭に手を掛ける。悠斗は泣いていた。泣いているといっても号泣などではない。感極まってしまった様子だった。彼は自分でも泣いているのがよくわからなかったらしく、遥奈の行動で初めて涙が流れていることに気がついた様子だった。