異界幻想ゼヴ・セトロノシュ-17
「っ……離せよっ!」
ジュリアスは、首根っこを掴んでいるティトーの手を乱暴に振り払った。
「おー。威勢のいいこった」
皮肉の滴る声で言いつつ、ティトーは手を離す。
場所は深花の部屋から少し離れた廊下だったから、行き交う人々は興味ありげに二人を見ていた。
「まーったく!もしかしてとは思っちゃいたが、まさかここまで頭を回してくれないとは思わなかったぞ」
呆れた声で、ティトーは言う。
それから、ジュリアスを適当な空き部屋へ連れ込んだ。
これから他人に聞かれたくない話を、せねばならない。
部屋は居住者を割り振られておらず、家具調度品の類は一切ない。
敷布団さえない骨組み剥き出しのベッドにジュリアスを座らせ、ティトーは腕を組んだ。
「最初に要点を簡潔に言う」
ティトーは、ふて腐れ気味のジュリアスを睨め付ける。
「お前の常識とあの子の常識は違う。だからそれを押し付けようとするんじゃない。いいな?」
そう言ってから髪を掻き上げ、ティトーは苦笑した。
「過ごしてきた環境が環境だから、多少平和ボケしちゃいるが……それを除外すれば頭のキレは悪くないし、何より冷静だ。戦いに関する覚悟も分からないなりに決めてるし、俺達のフォローがあれば即戦力の逸材と言える。どのみち戦わなければならないなら、気分よく戦って貰った方がいい。そのためにも、お前は余計な話をするな。分かったか?」
頭の中で意味を噛み砕いたジュリアスは……愕然とする。
「それって……」
ティトーは、深花の事を意思を持った一個人ではなく戦いのためのパーツとしてしか見ていない。
「悪いか?」
平然と、ティトーは言った。
「俺はフラウと同意見だった。ペンダントを持ち逃げしたイリャスクルネをまだ許せないし、できる事なら祖母の罪を彼女にあがなって欲しい。あと、それほど親しくない相手に優しくする義務もない」
「悪いだろっ!」
ジュリアスは、即座に反駁する。
「確かに……あいつの生活を破壊したのは俺が悪かった。けど、そんなっ……!」
言葉が見つからないのか、ジュリアスは唸った。
「そんな風に考えてやれるなら、なぁんで神経逆撫でしてわざわざ毛嫌いされるように仕向けるんだよ」
言って、ティトーは笑った。
「それとも、お前には分かりやすくこう言った方がいいか?あの時のフラウよりも優しく扱え、ってな」
「……その事は言うなっ」
異常なまでに低い声が、ジュリアスの逆鱗に触れかけている事を示す。
「……悪い」
素直にその事は謝ると、ティトーは舌先で自分の唇を湿した。
「あ〜、つまりだな……」
「言いたい事は分かった」
不快感で表情を歪めながら、ジュリアスは言葉を遮る。
「あいつの気が済むまで、俺は接触を最低限に保つ。連れ帰ってうんぬんも言わない。それでいいか?」
「……ああ」
翌日。
意外と自分の神経は図太いらしいと、目が覚めてから深花は気付いた。
二度と戻れない世界へ別れを告げ、フラウと一緒に夕食を平らげ、一晩寝て起きてみれば、ティトーの説明を受け入れられずに混乱する事もこの場から逃亡を企てたいと思う事もなく、ありのままを受け入れて泰然と構えている。
落ち着いているのは多分、何よりも知りたいからだ。
何故、祖母は地位の返上を諦めて馴染みのない世界へ逃亡したのか。
昨夜はああ言ったが、あれはあくまでも地位の返上を認められなかった場合に限る。
フラウの言葉から察するに各々の地位の返上は簡単なようだし、時にパートナーを食らってしまう神機の特性を考えれば、パイロット候補生は掃いて捨てるほどにいるだろう。