異界幻想ゼヴ・セトロノシュ-15
「ジュリアスからちょっと説明されたと思うが……先代のミルカ、イリャスクルネはリオ・ゼネルヴァを捨ててラタ・パルセウムへ逃げ出した」
「戦いに嫌気が差すのは、人間ですもの仕方ないわ。特に……ミルカは副作用の事もあるから」
フラウが、沈痛な表情を見せた。
「でも、リオ・ゼネルヴァの人間として許せないのは……ミルカの返上を行わなかったという事。どうせ仲間とのリンクを断ち切って逃げ出すのなら、ペンダントを置いて行ってくれれば……」
フラウの肩を、ティトーが優しく叩いた。
「……土の人間がいなくなった事で、俺達人類は天敵と互角に戦うのが非常に難しくなった」
理由は、今までの説明を振り返れば分かる。
よくて全開時の七十パーセント程度しか力を発揮できない神機。
それをフォローするため直接乗り込めば、補給のためにかなりの確率で食われてしまうパイロット。
けれど天敵との戦闘を切り抜けるためには、神機を使わないという選択肢は選べなくて。
自分の祖母が逃亡してから、この地の人類はゆっくりとすり潰されるように疲弊してきたのだろう。
「……」
重い真実を聞いて、深花の心は痛んだ。
しかし痛んだ心の片隅で、疑問が頭をもたげる。
そして、両親から聞いたエピソードも。
「……っふふ……」
場に不似合いな、自棄気味な笑い声が深花の唇から漏れた。
「だ、大丈夫かい……?」
心配するティトーの言葉に、深花は頷いた。
「私の名前」
「え?」
「私の名前、ミカ。これは祖母の意見が参考にされたと両親から聞いています」
それはたいていの子供なら持つであろう興味、自分という者のルーツ……自分の場合は、自らの名前の事だった。
お腹に宿った命が女の子だと分かった時、両親は親戚に名付けの事を相談したという。
もちろん最終的に選ぶのは自分達だが、相談して悪い事はない。
一族にとって久しぶりの女の子だった事もあり、名付け相談は親族会議へエスカレート。
その中で、祖母が母のお腹を撫でながら言ったのだという。
『最近は可愛い名前が多いからねぇ。私は、ミカかルカがいいと思うけれど……』
母は、笑いながら教えてくれた。
『色々と候補はあったけれど、おばあちゃんが挙げた読みが気に入ってね。漢字はもちろん私達で考えたけれど、読みはおばあちゃんが考えてくれたものなのよ』
祖母が考えてくれた、『ミカ』と『ルカ』という名前……合わせて、ミルカ。
あまりに単純で、泣きそうになる。
祖母は……おそらく自分の罪を孫娘にあがなわせるため、名付けに口出しをしたしペンダントを譲ったのだろう。
「そうなると、一つ疑問が出ますね」
「なんだい?」
ティトーが、首をかしげた。
「ご説明いただいた項目の中で、空間を渡れる神機はもういないとティトーさんがおっしゃいました。それは、いつの頃の事でしょう?」
「およそ二百年前だが……」
何か感づいたのか、ジュリアスの目が見開かれる。
「祖母はどうやって空間を渡り、ラタ・パルセウムへ逃亡したのでしょうね?」
残る二人が、あっと息を飲んだ。
「これはご説明いただいた項目の中から、私が導き出した考えにしか過ぎません。ですから、間違っているとは思いますが……戦い続ける日々に嫌気の差した祖母はある日、逃亡を企てた」
しかし仲間の目は相当に厳しく、逃亡など夢のまた夢の話。
そこで逃亡手段を……天敵に求めた。
『……!!』
深花が口走ったそれはあまりに衝撃的で……あまりに説得力があった。
味方に空間を渡る神機がいないのなら、リオ・ゼネルヴァからいなくなれば追っ手などかけようがない。
行方が知れたとしても、逃亡者を捜すためにラタ・パルセウムを見るのには相当なコストがかかるからそうそう捜し回る事はできず、祖母としては実に都合がいいのだ。