三人の男たちの冬物語(短編3)-7
五年前、アキコの以前の夫が自殺したこと…そして、彼の遺書には、アキコへの変わらない思い
が綴られていたということ…そのことでアキコがひどく悩んでいたということだった…。
… それは、私が仕事をやめた時期と重なっていた…。
以前の夫の死によって、アキコが何を考え、何を思ったのか…
アキコの心の中にあったもの…私には決して見えなかったものが、一瞬、見えたような気がした。
いまごろ、アキコはどうしているのか…今ならアキコのすべてを受け入れ、もっと深く愛するこ
とができるような気がした。
雲のあいだの黄昏のオレンジ色の空に、まだ小雪がちらついている。窓をあけた冷気のなかに煙
草の煙がすっと溶けていく。
それにしても昨夜は、ほんとうに偶然だった。あの喫茶店で見かけた女性…確かにあのころ通い
続けたSMクラブ「ルシア」の燿華という女だった。あのクラブも今はもうない。
すっかり落ち着いたその美しい姿に、私は少し離れた席から、うっとりと見とれていた。艶やか
な髪を肩まで伸ばし、葡萄酒色のワンピースに包まれた姿態…ただ、あの頃とは違って、どこか
ふっくらとした穏やかな顔は、アキコとはもう似ていないような気がした。
暗闇に包まれた部屋の窓の外には、ふたたび季節はずれの雪がひどく降り始めた。
私はリビングのソファで窓の外を眺めながら、お酒を少し飲み過ぎたのか、アキコの面影を追い
続けるように微睡みかけていたときだった。
突然、玄関の呼び鈴が、誰かの訪問を告げていた。
玄関の扉をあけると、そこに立っていたのは雪をうっすらと頭にのせた妻のアキコだった…。
ふたりのあいだで、さざなみのような音だけが、止まった時間の中で微かに聞こえていたような
気がする。
目を伏せるようにうつむいたアキコのきれいな睫毛が、ほのかに潤んでいた。私は静かにアキコ
を抱き寄せた。少し痩せた冷たい体が、私の腕の中で微かに震えているのがわかる。
私はアキコの頬を胸に抱きしめる…強く抱きしめたかった。私の胸の中で、鼻をすすったアキコ
が小さくつぶやいた。
…また、あなたのところに帰ってきてもいいかしら…