恋愛小説(5)-7
「で、僕にお願いというのは?」
「買い物に着いて来て欲しいんだ。井上と橘を誘って」
「千明と葵ちゃんを?どうしてです?」
「いや、ここのところ知香ちゃんとあの二人が一緒にいるのを良く見かけるもんでな。なにか欲しいものを知っているかもしれないと思ってな」
「聞けばいいじゃないですか」
「ばか!!お前そんなことしたら、あの二人からバレちゃうかもしれないだろうが!!」
ばかばかし過ぎて、白目を向きそうだった。三人とも気づいているのだから。
「だったら、二人も呼べないじゃないですか」
「だからお前に頼んでいるんじゃないか!」
「僕?」
「あぁ、お前と一緒に行くなら、妙に勘ぐられずに済むんじゃないかって思ってな」
「かもしれませんね」
「だからたのむ!あの二人を一緒に誘って、買い物に出かけてくれないか!?」
葵ちゃんを誘うのは簡単だった。以前、村田さんの誕生日プレゼントをどうしようと言っていたから、僕が一緒に買いに行かない?とメールをすると、二つ返事で了解の由が買って来た。幸いにも葵ちゃんは午後からの授業は無かったらしい。
千明は全然といっていい程捕まらなかった。メールを送っても、電話をしてもレスポンスが返ってこない。そろそろ木村さんが焦り始めた頃に、連絡が返って来た。それはこんな内容だった。
「もしもし、千明?一体どこで何をしてるの?」
「もしもしちーくん?バイト中で出れんかってん」
「バイト?千明、アルバイトしてるの?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「うん、聞いてないね」
「あっちゃー。そりゃごめんなぁ。それで、今日はどうしたん?」
「いや、これから村田さんの誕生日プレゼントを買いに行くんだけど、千明もどうかなって思って」
「うー、残念やけどまだバイトあんねん。無理やわぁ」
「そう?なら仕方ないね。バイト、がんばって」
「ありがとー。んじゃ、また」
「千明先輩、これないの?」
電話が切れると同時に口を開いたのは、葵ちゃんだった。最近めっきり冷えることが多くなって、少し大きい目の皮の上着を羽織っていた。焦げ茶色の皮が光に当たって陰影を創っている。新品の匂いが漂って来そうな表面だ。葵ちゃんに良く似合っている。
「みたいだね」
「先輩、バイトなんかしてるんだね?」
「葵ちゃんも知らなかったの?」
「ひーちゃんも?」
「うん。今知ったよ」
あんなにもずっと一緒にいるのに、僕は千明の知らない所が案外多い。それが当然のことだとわかっていはいたけれど、必要以上に僕を寂しい気持ちにさせるから僕は戸惑った。
「ひーちゃんでも先輩の知らない所、あるんだね」
「当然といえば、当然なんだけどね」
「でもちょっと嬉しいかも」
「ん?」
「ひーちゃんと先輩の仲って、なんか絶対的な印象受けていたから」
「絶対的?」
「うん。やっぱり時間の差って、埋められないのかなって思ったりしてたんだ」
「時間の差……?」
「そう。だって先輩は大学一回からの付き合いでしょ?桜井さんは、高校の時の後輩。私が一番最後にひーちゃんに出会ってるから」
「そうだね」
「もし私が高校生の頃にひーちゃんの後輩として出会ってたら、ひーちゃん私のこと好きになってたのかな、とか。もし私がひーちゃんの同級生として大学に入ってたら、先輩みたいに近い距離でいれたのかな、とか」
「そんなこと思ってたの?」
「うん。……一応私も、恋する乙女だから」
最後にそう言った後、葵ちゃんは笑った。冗談のつもりで言ったのだろうけど、僕には笑えなかった。なんと言うべきなんだろうか。胸の隅にちくりと、あの痛みが蘇った気がして、僕はまた寂しい気持ちになった。