恋愛小説(5)-10
□
冬が本格的になってきた頃にやっと僕は千明と話す機会を得た。どういう訳かここの所ずっとすれ違ってばかりだったから、一ヶ月ぶりに千明の顔を見たことになる。僕と千明にとってそれはとてもイレギュラーな事だった。長期休暇に入ったってそんなに長い間会わない日は無かったから、僕はとても不思議な感覚を覚えていた。となりに千明がいないという状況が、とても不自然なことの様に思っていたのだ。
「よっ、ちーくん久しぶり!」
「千明」
「なっはは、ちーくんどうしたん?変な顔してるで?」
「久しぶりに会ったと思えばそれ?」
「ははっ、やっぱちーくんや」
「なにそれ?」
「ん?なんかちーくんの声聞いたら、安心するなぁって思て」
千明はちょっと見ない間に痩せていた。少しだけれど頬がほっそりとしている様に見える。首のラインも線が細くなっていた。男子三日会わざれな刮目して見よ、なんてことわざがあったけれど、女性だって少しの時間で大きく変化するものなのだな、と僕はそんな場違いなことを思った。僕の勘違いかも知れないけれど。
「それより最近どうしたの?」
「ちょっとバイトがなぁ」
「それ、前も言っていたけれど、なんのバイトしてるのさ?」
「あれ?ちーくんに言ってなかったっけ?」
「聞いてないね」
「あーそっかぁ。いや、普通に居酒屋のバイトなんやけど」
「お金に困ってるの?」
「いんや。そういうわけじゃないんやけどな?」
「ならどうして?今までバイトなんかやる気配も見せなかったのに」
「むぅ。なんか今日はえらい突っ込んでくるなぁ」
僕はなにかに背中を押されている感覚を覚えていた。焦燥感にも似たそれは、しっかりとした輪郭を持って僕の背後に立っている。黒くって、不気味なほど静かに動くそれは、僕に大きな不快感をもたらしてつきまとっている。
「ごめん。答えたくないならいいんだ」
「いや、別に答えたくない理由はないんやけどな?ちーくんがそういうん聞いてくるんって、珍しいなって思っただけやし」
「そうかな?」
「うん。ちーくんって、基本『我関せず!』って感じやし」
そう言って笑った千明を見て、僕は少し安心をした。千明の笑顔がひどく懐かしいものに思えて、なんだかとても心が温かかった。
「そんなことないさ。千明のことだって、心配してたんだから」
「そっかぁ。悪い事したなぁ」
「別に悪いとかは思ってないけど」
「いいや、悪いことした。反省」
いつもどおりの千明だった。よくわからなかったけれど、僕にはそれが酷く嬉しかった。どうしてだろう。
「おかえり、千明」
「むぅ?どこにも行ってへんで?」
「いいんだ。おかえり千明」
「……?変なちーくん」