Island Fiction最終回-10
振り返れば、丘の上に中世の城を思わせる屋敷がひっそりと佇んでいる。
壁にはツタが絡まり、屋根にはカラスが群がり、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。
門が開いたまま傾いている。
すっかり錆び付いて朽ち果てようとしている。
かつての威厳はすっかり失われている。
庭も荒れ放題だ。
庭園というものは二、三ヶ月も放っておけばダメになってしまうものだから、五年もの間放置されていては以前の美しさは見る影も無い。
わたしは二度と戻ることはないと思っていた場所へ帰ってきた。
この時初めて感慨に耽った。
「飛び降りてみる?」
アザレアが陶酔しきった眼をわたしに向けた。
股間にはバイブレーターが突き刺さっていた。
「寒くないの?」
と、わたしは訊いた。
アザレアは衣服を身に付けていない。
日中は温かくても、夕方になると裸で過ごすには肌寒い。
何より、燦々と降り注ぐ太陽と白い砂浜ならまだしも、どんよりとした曇り空と猥雑なコンクリートの上には不釣り合いだ。
「黙ってたけど、はっきり言って、その服、酷いわよ」
と、アザレアは取り合わず、わたしのノーブランドのショートパンツとユニクロのスウェットパーカーとベイシング・エイプのTシャツとビリケンシュトックをけなした。
確かに、優雅さが欠けている。
女の子らしさすらもない。
桟橋を見下ろすと、大量のカラスが一つに群がっていた。
アザレアとトウゴウの亡骸を啄んでいるのだ。
「鳥葬なんて、洒落てるわね」
アザレアはアザレアの死体を眺めながら人ごとのように言った。
「怨んでないの?」
「何で? もうすぐ、あなたもこっちの世界へ来るんでしょ?」
「そうだね」
わたしはチョコレートを頬張った。
ポケットに長い間忍ばせてあったので、しんなりとしていた。
噛まずに口の中で溶かすと、甘さが中で広がった。
味覚もあるし、舌の温もりも感じる。
まだ、わたしは生きている……はずだ。
「ねえ、母性本能って本当にあるって思わない?」
アザレアはわたしの指をそっと手に取り、先についたチョコレートを丁寧に舐めた。
そして、わたしの唇に自らの唇を重ねた。
「それを唱えたルソーは、精神障害者の少女をさらって、悪戯して、施設に送るってことを繰り返してた男よ? そんなの嘘っぱちに決まってるじゃない」
「そうかなぁ? わたしはあるって思うんだ」
ふと、お父様と社会契約論を記した啓蒙思想家がダブった。
なんだか可笑しくなって吹いてしまった。