『屋上の青、コンクリートの灰』-9
屋上は普段開放されていない。
教師だけが屋上の鍵を持っていて、石井はそれを盗んで合鍵を作ったらしかった。
同じことを考えた奴らもいるらしく、たまにここではち合わすこともあった。
しかしそうは言ってもやっぱりこの屋上への人足はあまりなく、石井はよく僕をつき合わせてここに来ることが多い。
他の時はそれぞれの友達のところへ行くのに、なぜか昼だけは、僕と石井は一緒にごはんを食べる。その昼飯も、ここで食べることが大半だった。
周りのように僕自身だってその行為は不思議に思ったけど、嫌だと思ったことは一度もなくて、決まってこの青空の下の灰色のコンクリートの上で並べて昼食をとった。
「あー……眠てえ」
日差しが気持ちいいのか、石井は言いながらあくびを浮かべる。
僕と違ってこの男には、サボリの背徳感はまったくない。
「駄目だ、寝る」
ストンとその場に胡坐をかいて座り込み、背をフェンスに預けると石井は眼を瞑って眠ってしまった。
どうしようか。このまま石井を置いて、他で時間を潰せばいいんじゃないか。石井に付き合ってても、ろくな事なんてあったためしがないんだから。そんな考えが頭をよぎる。
「越智」
眼を瞑ったまま呼ばれた。
「……なに」
「越智。……こっち来い」
目を閉じたままじゃ、俺が帰ったって分からないだろ。行かないかもしれないだろ。
そう思っても足が向くから、駄目なんだ。この声には逆らえない、どうしても。
自分でもどうしてだかわからないけれど。
石井の声に、行動に。わからないけれど、ざわざわする。
石井は僕が隣に座ると、頭を僕の肩に預けてそのまま寝てしまった。
本当に、妙な距離だ。
こんな僕にも初の彼女が出来た。つい二日前の話だ。
告白された。すごい、高校生ってすごい。
名前は伊藤愛子。
席が隣で、セミロングの茶色い髪の毛で、笑った時のえくぼが可愛い女の子だ。
あまりに嬉しくて、朝から靴箱の前で伊藤という文字を見かけただけで、頬がにまにまと緩みそうになった。
そこにトントン、と背中をつつく感触があった。
「おはよ、朝陽」
「……はよ」
なんだか照れる。朝陽なんて、女の子に呼ばれ慣れない。
昨日『名前で呼んでもいい?』と彼女に訊かれて僕はすぐに了承した。
彼女も名前で呼んでほしそうだが、僕はまだ『伊藤』としか呼べないでいる。
「朝陽、今日どうする?」
「今日って?」
「昼休み。昼ごはん一緒に食べよ?」
「ああ、うん、食べよう。……あ!ちょっと待って、やっぱ明日からでもいい?」
「なんで?」
ドキリとした。不思議そうに開かれた目が僕を刺す。
「……照れるし。心の準備」
「ばーかっ、もう。分かった、じゃあ明日からね!約束だからね?」
嬉しそうに笑うと、そう言って彼女は女友達のところへと戻っていった。
僕はというと、罪悪感で一杯だった。
心の準備なんて嘘だ。いやある意味あってるけど、それは彼女じゃなく石井に対しての準備になる。
彼女と一緒に昼をとるということは、石井と一緒に食べない、つまり石井と屋上に行かないということだ。
当然一言石井に言わなきゃいけなくなる。卑怯だと思ったけど、それは教室より、屋上で石井と居る時に言う方がいくらか言い易い気がした。