投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

God's will
【その他 官能小説】

God's willの最初へ God's will 51 God's will 53 God's willの最後へ

Conversation with a man who regains it-3

 川は深い。辺りが暗い上に水が余りに濁っていて、水中に潜り込んでも何も見えない。目が痛い。僕は息継ぎを繰り返しながら少年が飛び込んだ辺りを探す。なかなか見つからない。少年が、やっぱり溺死なんて辛いし苦しいと思って浮上してくるのではないかと思い、川全体を見渡してみるが、少年の姿はない。

 僕は一時間ほど川の中にいたが、やがて諦めて元居た場所に戻った。体中が水浸しだ。髪の毛にはざらざらとした砂のようなものもついている。僕は鼻水だか涙だかよく分からないものを顔中に張り付かせている。そしてそこへ座り込んで、青紫の空を見上げる。星はない。風もない。ここには死が溢れている、と僕は思う。僕は自殺を決意した人間がどうして実際に死ぬことが出来るのだろうとずっと考えていた。でも、ようやく僕にはそれが分かった。本当に自殺を決意した人間は、ここへ来るんだ。この、静止した世界に。そして、首吊り死体やら、自分で体に刃物を突き刺して内臓が飛び出た死体だとか、服毒自殺を遂げた死体を見て安心するんだ。ああ、他にも仲間がいるんだっていう連帯感の中で死ぬんだ。彼らは孤独にひっそりと死んでいくのではなく、死に魅せられた者しか感じることの出来ない、ある種の一体感の中で死んでいくのだ。

 僕は目の前の不幸を止めることすら出来なかった自分自身に愕然とした。家でお菓子を食べながらニュースを見ているとき、そこに映し出されるまるでリアリティのない数多くの不幸を眺め、世の中には悲惨でアンラッキーな事件や事故があるものだ、と客観視している僕には、それらに事件事故に介入しようとする意思はない。一つの想像力も持たずに僕はそれを見ていたからだ。でも、この少年は違う。少年は僕の目の前で実際に喋り、空気を吸い、そしてこの静止した世界に来ていたとしても、僕が会ったときにはまだ生きていたのだ。そして僕の目の前でその少年は死んでしまったのだ。もし仮に自殺をしようとする意思が揺るぎ無いものに変わったとき、その自殺志願者がこの世界へやってくるのだと考えると、彼らを止める術など何処にもないということになり、つまりは僕が少年の自殺を食い止められなかった事も致し方ないということになるが、じゃあそういうことだから、まあ、仕方がなかったんじゃないかな、なんていう考え方なんて僕には出来ない。僕は心優しい人間ではないし、利己的だし、自己決定力も正直に言って強くはないが、それでもこの手を差し伸べたかった。そして出来ることなら救い出したかった。どこか遠くで起こっている不幸ではなく、それが自分の目の前で起こっていることくらいは。

 でも、どうして僕にはあの少年を助けられなかったのだろう。こんなにも近くにいたのに。どうして僕はルカを救ってあげられなかったのだろう。あんなにも何度もリストカットを繰り返し、手紙にも似た告白書の中で後悔し、そして僕に殺して欲しいと懇願するまでになっていたのに。どうして宮下勉君は由香さんを助けられなかったのだろう。自殺未遂をした挙句、どうして本当に死んでしまうまで、【僕】は彼女に何もしてやれなかったんだろう。



動物には本来自殺という思考回路は無いんじゃないでしょうか。そして、人間も動物である以上、本質的には自殺回路なんかないのではないでしょうか。自殺というのは動物の本能を越えたところにある思考回路なのだと私は思います。




God's willの最初へ God's will 51 God's will 53 God's willの最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前