月夜と狼-5
外は寒いけれど、身体が震え出す程ではなかった。
足は家へ向かって歩いていた。
野良犬は逃げだし、散歩中の犬は怯えていた。
近づいてこない犬の感情を何となく感じていた。
枯れ草の混じった草っぱらに身体を埋め、川を見つめた。
既に太陽は沈み、西の空はぼんやりと光をこぼしていた。
「アレフ?どうしたの?早くお家に帰ろ?暗くなっちゃうよ」
この声。
「仕方ないわねえ。……ひっ」
ダックスを抱えようと屈んだ女の子と目があった。
――川村。
逢いたかった。
会いたくなかった。
「なんで、こんな大きな犬がいるの?」
川村は泣きそうな顔をして後じさる。
そして、脆そうだが長い乾燥した草の茎だか、木ぎれだかをつかんだ。
「こ、こないでねー。……そのまま」
その棒っきれをどうするんだ。
川村は俺の横を通り過ぎると『アレフ』を抱いたまま走っていった。
ショックと言えばショックだった。
だが、犬になってしまった今となってはどうでもいいことかもしれない。
いっそあの棒っきれでタコ殴りにされたってよかったかも。
俺はそのうち人に戻るんだろうか?
それとも心まで犬になって、なんにもわからなくなっていくんだろうか?
それなら、この姿になった時に人間だったことなんか全部忘れてしまえばよかったのに。
「あのバカ。いったいどこにいったのよ」
……咲夜?
もう暗くなってきたというのに学校の方に走っていった。
このヘン、夜はヤバイぞ。
変質者が出るって学校でも言われてるだろ。
でも、ま。返り討ちにあうかもな。
合気道ならってるらしいし。
……。
俺は身体を起こして咲夜の後を追った。
身体がすごく軽い。あっというまに咲夜に追いついた。
咲夜は学校に入っていく。
なんだろ?『あのバカ』って俺?
そういえば、帰りに呼び止められたっけ?