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God's will
【その他 官能小説】

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Door in rest room-1

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 宮下修君の話は唐突にそこで終わった。実際にはもう少し続くはずだったのだろうが、由佳さんが運転席で「見て」と<留萌市>と書かれた案内板を指差しながら言って、車が北海道留萌市に辿り着いたことに気づいた宮下修君が話を中断させたのだった。僕は車の窓から辺りを眺める。辺りはもうすっかり薄暗い。山道が終わり、街灯が等間隔に並ぶようになり、そして車道が二車線になった。ホームセンターの看板や、潰れたパチンコ屋なんかの姿が見える。

「ともかく、そうして僕は片腕を失って、由佳はこの世界へやって来た」宮下修君は話のエピローグを随分と簡単に片付けてしまう。

「痛かったですか?」と僕が聞くと、宮下修君は顔を歪めて頷く。「当たり前だけど、とても痛かった」

 僕は自分の右腕を見つめる。そして、僕も鋭い鉈で利き腕を切り落とされるのだろうか、と考えてぞっとする。隣に座るルカを見つめる。頭を振る。[Do not request anything not wanting the loss of anything.]と思う。



 何かを手に入れるためには何かを捨てなければならないとして、それならば僕はルカを失うことによって何を手に入れられただろう? ルカは赤ん坊を中絶することによって、一体何を手に入れられたのだろう? 

 僕は宮下修君の実家の客室の窓から、外を眺めながら思う。窓から見えるのは隣の家の壁と小さな窓だけで、僕はだから何かを見ようと思って外を眺めているわけではない。ぼんやりと考え事をしながら、ただたまたま窓辺に立っているだけに過ぎない。

 北海道留萌市に足を踏み入れた僕たちはラーメン屋で簡単に夕食を済ませ、今日はもう遅いからバンゴベには明日行きなよ、という由佳さんの提案を受け入れ、僕は宮下勉君の実家に泊めてもらうことになった。僕のいる畳の六畳間の客席の中にはルカも一緒にいて、本当はそろそろ腐敗集もきつくなってくるから別の部屋で寝たほうが良いんじゃない? と由佳さんには言われたのだが、僕はルカと一緒にいたかった。そして、宮下修君が左腕を差し出した時のように、僕も何かを得体の知れない誰かに捧げる事になった時、それにびびったり逃げてしまったりしないように、ルカの姿をこの目に焼き付けておきたかった。そして僕は思う。ルカをこの世に蘇らせるためには、何だって捨ててやろうと。あれもこれもそれも、これから手に入れるはずだった色んなものを捨ててやろうと。死んだ人間を生き返らせるということが現実的にどういうことなのかは分からないが、少なくともそれはこの世の掟に反しているように思うし、それは余りにも不公平だ。だって、世界には幼い子供の命を失った悲惨な親だっているし、愛しい妻を失った男もいるだろうし、唯一無二の親友を失った少女だっているはすだ。そして彼らは彼らなりにもう一度失った大切な人に会いたいと強く願い、泣き、悲しみ、そしてそれを試練だとか運命だとか何か別の名前で呼ぶことによって何とか受け入れ、逞しく前に向かって歩いているというのに、僕はそれをせず、彼らが成し得なかった事をしようとしている。僕がこの手で奪った命を、再びこの手で掴み、引き戻そうとしている。

 と、そこまで考えて僕は尿意を感じて部屋を出て階段を下り、パズルのような形をしたマットレスを踏み、トイレへと続くドアを開ける。そして何も考えずに小便をし、トイレを出る。そして階段を上がり、宮下勉君と由香さんがいるはずの部屋から灯りが漏れていないのを確認し、二人はもう眠ってしまったんだろうと思う。僕の寝室となるはずの客席へ入って、そこでようやく僕は異変に気がつく。ルカの姿がない。はっとして、部屋中を探す。引き出しも開けてみる。鍵を開け窓の外を眺めてみる。でも、どこにもルカの姿はない。僕は宮下勉君に事態を知らせようと思い、彼の部屋の前に立つとノックもせずに中に入るが、そこには宮下勉君の姿も由香さんの姿もない。どういう事だ、と僕は思う。一体何が起こっている?


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