投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

恋愛小説
【純愛 恋愛小説】

恋愛小説の最初へ 恋愛小説 44 恋愛小説 46 恋愛小説の最後へ

恋愛小説(4)-2



僕は煙草を吹かしていた。ここ一年で覚えたものだ。田中という友人がしきりに吸っていたのが、気になっていたのだ。紫煙を肺に入れると、すとんと何かが身体の中に入り込んで行く感覚がある。吐き出す時にそれは強烈な不快感となって効果を表し、僕は二度、三度咳き込む事になった。煙が夏の空に消えていく。ミーンミーン大きな声で蝉が大合唱している。互いに声の大きさを競っているようだった。
僕の隣には千明がいた。去年の(つまり、一回生のときの)学園祭からこっち、僕の大学生活の大半を千明と過ごす様になっていた。
「ちーくん、最近荒れてるなぁ?慣れへんもん吸うもんちゃうで?」
「ん?」
「私はちーくんの煙草吸う姿好きやけど、ちーくんには合わんのちゃう?って言ってんの」
「だろうね。僕も、そう思う」
「なんかあったん?」
「何も無い日なんて、今まで一日も無かったよ」
空は高く、太陽が強く光っている。アスファルトを焼き、じりじりと音を上げている様にも見える。グラウンドの端では、運動部の連中が頭から水をかぶっていた。懐かしいな、と僕はそう思った。高校の頃、僕もああやって水を浴びたものだった。
「なぁちーくん、ホンマになんかあったんじゃないん?」
「ん?今日は食い下がるね?」
「いやぁ。私だって好きな人が悩んでるときは、力になりたいと思うんやで」
「うん。ありがとう。でも大丈夫。本当に、何も無いから」
「そう?それなら、ええんやけどな」
ちびた煙草を携帯灰皿に入れると、僕は勢いよく立ち上がった。特に意味はない。ただ、千明が本当に心配している様子だったので、いたたまれなくなっただけだ。
「千明、なんか食べにいかない?」
「ち、ちーくんから誘うなんて、ホンマになんかあったんやない!?」
「あ、そ。せっかくびっくりドンキーのパフェぐらいはオゴって上げようかと思ったけど、やっぱ止めた」
「あ!うそうそ!!行くやん!行くって!連れてってー!!」




この時僕は、嘘をついていた。嘘をつくのは好きではないのだけれど、この時ばかりは仕方の無い事だと思っている。本当は、なにかあったのだ。でもそれを話さなかったのは、相手が千明だったからという理由が一番強い。相手が木村さんや田中なら、とは言っても、僕は真実を話す気にはならなかっただろうけど。

その日から四日前、僕は読みかけの文庫本を手に図書室にいた。静かに、一人で本を読んでいた。その時千明は講義のためにそばにおらず、僕は午後の昼下がり、日当りのいい窓際の一席に陣取り村上春樹を読んでいた。本を捲るハラリとした音と、ペンが紙の上を滑るカリカリという音だけが響いていた。どこかで勉強をしている生徒がいるのかもしれない。その音は小さく、図書室は静かだった。
「先輩。隣、いいですか?」
そう声がかかったのは、そんな時だった。僕は普段から一度読書の姿勢に入ってしまうと、外の世界の情報が脳まで到達しないことが多いのだが(近くにいる人は、水谷が本を読んでいる時に何を頼んでも後日覚えていない、と言う)、この時ばかりは違った。その声は凛と僕の耳に響き、それを桜井さん声だと理解するのにそう時間はかからなかった。
「ん?」
「すみません、読書中に。隣、いいですか?」
「ん?うん。かまわないよ」
するりと僕の隣に座ると、彼女は何も言わずにノートを開き何かを書き始めた。僕はそれを横目に見つつ、また本の世界に入っていった。
「先輩、なに読んでいるんですか?」
「ん?」
「どんな小説読んでらっしゃるんですか?」
「村上春樹」
「村上春樹?ノルウェイの森ですか?」
「いや、海辺のカフカ」
「おもしろいですか?」
「おもしろいよ」
クッと、本の世界に入ろうとする度に、彼女はそんな風に声をかけた。「天気がいいですね」とか、「明日のサークルは何をするんでしょう?」とか、とにかくそんな話題だった。一向にページは進まず、僕はまだ彼女が来てから一ページも読む事が出来ずにいる。


恋愛小説の最初へ 恋愛小説 44 恋愛小説 46 恋愛小説の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前