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God's will
【その他 官能小説】

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Suicide-5

 <僕>は突然の帰郷について何一つ訪ねない置物のような祖母と二人でひっそりと暮らした。一ヶ月の間、全く家を出なかった。朝がやってきて、夜がやってきて、そして再び朝がやってくる、そんな繰り返しだった。

 最初のうちは、短期大学の同級生から電話がかかってきたが、<僕>は一度も電話に出ることはなかった。その内に、連絡は途絶え、<僕>の生活は完全に外界と遮断された。<僕>は祖母の作る質素な食事を少量食べ、後の時間は自室のかび臭い布団に寝転んで、何もせずにすごした。何かをする気力も無く、何をするべきかも分からなかった。こんな生活をしていたら、自分が生きているのか死んでいるのか分からない、と<僕>は思った。生きてるときと死んでるときが実はそんなに変わらないことだとしたら。<僕>は一体何者なのだろう。いっその事、自分も死んでしまおうかと思った。でもそれはしなかった。<僕>には本能を越えるほどの理由が何もなかったからだ。



 静かな真夜中は、物思いに耽る為にある。<僕>に訪れる真夜中は、由佳の死に関するあらゆる思考を僕に運んでくる。由佳の死に<僕>が無関係であるはずがなかった。あれだけ長い時間をすごしてきた僕が。そして、由佳が死を選んだ責任はこの<僕>にもあるんだ。「由佳。どうしてお前は死ななきゃならなかった?」と<僕>は真夜中自室の天井に向かって語りかける。「お前がそれを言ってくれないから、<僕>はいつまでも生きながらに死んでいなきゃならない。お前の死が、<僕>をいつまでも架空の監獄に縛り付けているんだ。僕はそこから脱出を試みなきゃならない。僕は生きているから。生きているから生きなきゃならない。それは使命みたいなもんだ。そしてその為にはお前の話を聞きに行かなきゃ行けない。燃やされて灰になってどこにもいないお前に話しを聞きに行かなきゃならない。でも、その場所は僕には余りにも遠い」

 それは夢だったのかもしれなかった。気がつくとカーテン越しに真昼の陽光が透けて見えていた。<僕>は夢の中でそれを喋っていたのか。もしかして、天井を眺めている間に眠ってしまったのか。

 僕は身を起こし、階下へ行き、祖母の作った卵焼きと味噌汁とご飯を食べ、自分の食べた分の食器を洗った。一階の居間の窓からは祖母が小さな庭に立って何事かをしている様子が伺えた。<僕>は抜け殻のような自分に何も言わず、何も聞かず、何も要求しない祖母に心の中で感謝した。そして階段を上がり、自室の部屋の布団に寝転がる。そして、目を閉じると再び眠っている。そんな生活をしていると、自分が起きているのか眠っていたのかの境目も曖昧になってくる。無気力な生活が、生と死の境目を曖昧にするように。好きなだけ眠る。時折起きる。祖母の作った質素な食事を食べる。また眠る。考える。由佳の事を。自殺のことを。死のことを。眠る。町中のいたるところで首を吊った死体がぶら下がっている。<僕>は当ても無くその街を歩く。初めは怯えていたのが、徐々にその情景に慣れてくる。<僕>は何を目指して歩いているのだろうと、夢だか現実だかのどちらかの<僕>は考える。首を吊るべき場所を探しているのかもしれないとふと思う。探す。見つからない。ふさわしい場所はどこだろう、と考えた瞬間、場面は北海道滝川市の由佳と一緒に生活をしていたあのワンルームアパートの部屋に移り、そこでは由佳が首を吊って死んでいる。目を開ける。体を起こす。時計は午前三時を指している。階下へ行き、キッチンに立って少し濁っている麦茶をコップに注ぎ、飲む。階段を上がる。天井を眺める。考える。由佳の事。自殺のこと。死について。

 首吊り死体が町中にぶら下がっている通りを歩いていく。烏が頭上を飛んでいる。数羽の烏が死体をついばむのが見える。死体の足元には体内からあふれ出た体液や尿やその他の類がアスファルトを濡らしている場所もある。内蔵が地面に垂れている死体もある。蛆がうねうねと身を捩じらせている。悪臭は感じない。嗅覚が麻痺しているのかもしれない。街は見間違えようも無く北海道留萌市のその姿で、<僕>はふと留萌信用金庫の看板からぶら下がる若い女の死体を見て、心を痛める。あの刑事が言った通り、確かに年老いた中年の首吊り死体を見るよりも、年若い男女の首吊り死体を見る方が心が痛む。そこにあるはずの希望や可能性が完全に絶たれてしまった姿には、僅かほどの希望も見受けられない。


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