Suicide-2
「信じられないです」と僕は正直に言った。「ずっと上手くいっていたんだと思ってました」
「そういえば、ルカが一回家に泊まりに来たことがあったな」過去を懐かしむように宮下勉君は言い、ハンドルを握る由佳さんは「ああ、あったあった」と苦笑して、「ねえ、紫音くん、その時の事、ルカはなんか言ってた?」と僕に聞く。
「言ってました。凄い仲良しで、憧れたって。絶対短大に行ったら同棲するんだって」
「同棲なんてするもんじゃないよ」と宮下勉君は溜息をつく。「未熟な男女があやふやな関係のままで着地点も決めずに一緒に暮らすというのは、なかなかどうして、悲惨な結末が待っている。特に何かがあったという訳じゃないんだが、日を追う毎に二人の間に少しずつ溝が出来ていくんだ。それは知らず知らずに自然に大きくなっていって、気づいたときには手遅れさ」宮下勉君は左手を上げてお手上げのポーズをする。「まあ、若い男女の同棲に限らず、いい大人が結婚してもそういうことは起こりうるんだけどね。まあ、そういうわけで、ルカが家に泊まりに来たとき、僕と由佳の関係は今話したように悲惨なものだったんだよ。気づかれなくて何よりだ」
ルカは以前に短期大学への進学で姉の死の真相を知りたかったというのが目的の一つだったといっていた。それは、由佳さんの死の直接の原因が自殺か他殺かの問題がはっきりしなかったことと、もう一つは宮下勉君の容疑を完全な状態で晴らしたいという気持ちがあったからだ。ルカは宮下勉君を実の兄のように慕っていたし、信頼もしていた。ルカは二人の姿を理想の恋人像として捉え、憧れていたのだ。
僕は隣で目を閉じたままのルカのほうを見る。ルカの事を気の毒に思うと同時に、宮下勉君に対して少しだけ怒りを覚える。そして、彼女はその事実を知らなくて良かったんじゃないだろうかと思う。外からは、内実的な問題など何も見えないのだなと思う。それが仮に身近な家族であったとしても。
「それでも友達として僕らはそれほど険悪という訳でもなかったんだ」弁解するような口調で宮下勉君は話を続ける。「だから、その日もフランス語の講義が終わってから、由佳と一緒にご飯を食べようと思っていたんだ」
宮下勉君としての<僕>が家に帰り着くと、由佳は床に寝転んでいた。はじめは眠っているだけかと思ったが、それにしてはおかしなところがある。枕を使っていない。敷きっぱなしの布団がすぐ横にあるにもかかわらず、わざわざ薄く硬い淡いグリーンの絨毯の上に寝転んでいる。
<僕>はルーズリーフの束と教科書と文房具の入った鞄を本箱の隣に置くと、由佳の側まで行った。そして、テーブルの上にウイスキーの瓶が置いてあるのと、足元に薬の箱が四つ転がっているのを発見する。<僕>は直感的に嫌な予感がする。慌てて由佳を揺さぶるが、返事はない。呼吸はまだ薄く続いているが、目を覚ます気配はない。「由佳、起きるんだ」と<僕>は声をかけるが、彼女の眠りはレム睡眠やノンレム睡眠を通り越した先の虚無のそのさらに向こう側にあり、今にももう二度と目を覚まさないくらいの遠くまで行ってしまう気配があった。<僕>は彼女を起こすのを諦め、携帯電話で救急車を呼んだ。
由佳が服用した薬剤はブロムワレリル尿素がその主成分で、その手の医薬品は基本的に鎮静作用を有すが、大量服用によって自殺に用いられる事があった。特にその作用はアルコールと併用することで高まることで知られている。医薬品の添付文書には相互作用の注意としてちゃんとその旨が記載されている。
1993年に刊行された「完全自殺マニュアル」は首吊りから服毒、焼身自殺までの幅広い自殺の方法が掲載されているといった内容で、様々な物議が醸し出された。日本自治体では有害図書に指定され、1999年には未成年への販売を禁止する旨を書かれた帯がつけられ、ビニールで梱包された形で書店に並ぶことになった。とはいえ、自殺大国と呼ばれる日本においての自殺者数は1998年から三万人を越え、毎年増加、減少を繰り返しながらも平均は33000人くらいで推移しており、この数値は交通事故による死亡件数より多く、一日に約九十人の人間が自殺をしている計算になるが、自殺者総数を年代別で見ると十代の自殺はわずか2,3%に過ぎず、最も多いのは五十歳代の自殺だ。だから、日本の自治体が正義感というよりはその建前として有害図書認定をし、流通過程でビニール詰めをしようが、十八禁扱いにしようが、それで自殺者の数が減るとは誰も思わなかった。