恋愛小説(1)-16
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僕は近くの公園のベンチに千明を座らせ、自動販売機で買ったホットコーヒーを手渡した。今では幾分か落ち着いた様子で、もうアイスが食べたいとは言わない。
「ごめんなぁ……、びっくりしたやろ?」
しばらくして千明が言った言葉は、こんなことだった。僕はその言葉にびっくりして言った。
「なんで?千明は謝られるようなことしてない」
「でも、いつもの私とちゃうし、驚いたんやない?」
「まぁ、少し動揺はしたけど」
「むぅ……やっぱりごめんやん」
いつもと違う千明は弱々しくって、なんだか居たたまれない。僕は出来るだけ優しく千明の肩をとって、そっと抱き寄せた。
「僕の方こそごめん、なんか、気の利いた言葉でもかけられたらと思うのだけれど」
「そんなことない。ちーくん優しいで」
「大丈夫?」
「うん。なんとか」
千明の肩は小さくて細かった。それは小動物を思わせる小ささで、こんな僕でも守ってあげたい、と思う。僕には分相応の思いなのだろうけど。僕がそう感じているのを悟ってか、千明は自分の体重を僕に預けてきた。僕はそれをしっかりと支える。軽い。力を込めれば、粉々になってしまいそうだ。千明の吐息が僕の胸に当たる。それは僕の上着に当たり、なかの下着を湿らし、僕に暖かい感触を与える。
「ん。もう大丈夫。なおった」
僕の腕の中でも位置を変え、その可愛い両目をこっちに向けて千明はそう言った。眼が真っ赤になっている。涙の後が、寂しい。
「私な、ちーくんの事が好きやねん」
千明がそう口にしたのはもうずいぶんと時間がたってからだった。
僕は動揺しなかった。予感めいたものがあったわけではない。確信があったわけでもない。けれどなんとなくこうなることは、今日の朝からわかっていたみたいだった。
「ちーくん?なんも言わんの?」
千明の眼が哀しそうな、切なそうな表情を作っている。
「うん。……なんていうか……。ありがとう」
僕にはそう表現するしか無かった。その言葉以外に何かを探したのだけれど、僕の心は空っぽになった教室の様に殺風景で愛おしい姿だった。
「ごめん。なんて言えばいいか、わかんないや」
「そんなことないで?わかってるし。ちーくんはホンマに、ありがとうって思ってくれてるって」
「でも……」
「ええねん。私は伝えられただけで。ちーくんの側におれたら、それでいい」
僕は。僕には。