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God's will
【その他 官能小説】

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A man who doesn't have one's dominant arm-5

 北海道留萌市は人口二万五千人程が暮らす小さな港町だ。日本海側に面しており、かつてはニシン漁で有名だった。昔ほどニシンが獲れなくなった今でも、数の子の国内最大の加工地である。1960年代、アフリカにおいて、十八の植民地から十七ヶ国が独立したり、高度成長期の日本で鉄腕アトムの放送開始がされたりしていた頃には人口四万人以上であったが、ニシン漁の衰退や炭鉱の閉山などで人口はみるみる減っていった。1980年代には三万六千人まで落ち込み、2005年には二万六千人ほどまで減った。

 北海道の先住民族であったアイヌ民族が残した言葉は地名として北海道各地に残っているが、ルモイという名称も例外ではなく、アイヌ語の「ルルモッペ」に由来している。そして、留萌市内にもアイヌ語はそのまま地名として残っている。カモイワ、チバベリ、そして、バンゴベ。

「バンゴベ」と、北海道留萌市についての説明を由佳さんから聞いていた僕は言った。

「そう、バンゴベ」由佳さんが頷く。

「なんか、変な名前ですね」と僕が言うと、助手席に座る宮下勉君が「変な名前の地名なんて世界にたくさんあるよ」と言って笑う。「よく、テレビ番組なんかでやってるじゃないか。僕もいくつか知ってるよ。スケベニンゲン。これはオランダの知名だね。正確にはスヘフェニンゲンで、長い砂浜のあるリゾート地だよ。それから、エロマンガ島、キンタマーニ。それから、はは。チンコ川なんてのもあるよ。中央アフリカ共和国の東部を流れる川だ」

「なんで全部下ネタなの?」とハンドルを握る由佳さんが笑いながら抗議する。

「アホ、とかボケっていう地名もある」宮下勉君は得意げに笑う。「でも、キンタマーニってのはなかなか使いやすそうだ。情事の最中に、僕のキンタマーニを触ってくれないか、とかね」

「あはは」と由佳さんが笑い、僕もおかしくてつい声を堪えきれずに笑う。なんだか久しぶりに笑ったような気がする。

「でも、確かにそれに比べればバンゴベなんてのは、そんなに珍しくないかもしれないですね」僕が言うと、「だろう?」と、満足そうに宮下勉君が頷く。

 

 僕ら四人は由佳さんの運転する日産キューブに乗って、北海道留萌市を目指していた。僕と宮下勉君、由佳さん。それからルカの四人だ。ルカをつれて行くかどうかについては正直迷ったのだが、第三者に発見されるリスクを回避するため、一緒に連れて行くことにした。空は晴れていて、十センチほど開けられた窓から心地よい風が車内に入り込んでくる。

「そのバンゴベという場所が、僕の目的地なんですね?」

「多分」と、宮下修君が助手席側の窓から外を眺めながら言う。「僕の場合は、その場所から全てが始まった。だからもしかしたら君もそこへ行けば何かと出会えるかもしれない」

「宮下さん、僕は今でもまだ色々なことがよく分かっていません。色々な物事が摩訶不思議のまま、こうして留萌に向かうことになっています。そこに何があるのか、それから、宮下さんに何が起こったのか、教えていただけませんか?」

「留萌まではまだ三時間以上かかるし、それだけの時間があれば話せると思う」宮下勉君は窓の景色を眺めるのをやめ、まっすぐ前を向いた。そして、咳払いを一つする。「長い話になるけれど、いいかい?」

「お願いします」僕が言うと、彼は静かに話し始める。彼の言葉から僕はありありとその光景を想像することができる。まるで僕自身がそこにいるかのような錯覚。実際に僕は彼と同じものを見、そして彼と同じ物音を聞く。五感全てが彼のそれと重なる。彼の話の中で、僕は宮下勉君としての<僕>になる。そしてそこで起こった出来事は、僕の主観を通して、<僕>の気持ちとして、思考として成立する。

物語は七年前、由佳さんの死から始まる。


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