A man who doesn't have one's dominant arm-3
「残念だけど、君の疑惑を晴らす材料は何一つないんだよ」宮下勉君は僕の疑いに感づいたようで、落ち着いた口調で言う。「でも、ただ僕は君の力になりたいと思っている。君を騙そうとしているわけでもないし、何かを強要しようとしているわけでもない。僕は君の気持ちがよく分かる。何故ならば、君と同じく北海道滝川市の短期大学の学生だったころ、僕は恋人を失ったからだ。失い方については、君と僕との間には確かに差はある。でも、本質的なところは同じだろう。陳腐な表現で申し訳ないが、とてつもなく哀しい」
「それならば、由佳さんはやはり死んだのでしょうか?」
「由佳は確かに一度死んだ。そして今はご覧のとおりだ」
由佳さんは複雑そうに肩をすくめる。
「生き返った?」僕はまさかそんなことがあるはずはないと思いながらも、それしか言葉が浮かばなかった。
「そういう事になる。信じられないだろうけれど」と、言葉通り信じられないようなことを宮下勉君は言う。
「ねえ、紫音君」と、由佳さんが僕の名前を呼ぶ
「はい?」
「紫音君は、ルカに会いたい?」
「それは、ルカが生き返るということですか?」
「それは分からない。でも、もしかしたら話くらいは出来るかもしれないから」
「会いたいです」少し考えて、僕は素直に言う。僕はルカに聞きたいことがたくさんある。僕はルカに言いたいことがたくさんある。
「じゃあ、明日までに考えて。そして、ルカに本当に会いたいのなら、アタシ達の事を信用して。そして、ルカに会うためにはなんでもしてやるぞっていう、強い意志を持って。本当なら、紫音君が自然とそう思えるまで待ってあげたいんだけど、そんなに時間もないし、だから、一日だけあげる。でも、もし紫音君がアタシ達の事を信用できないし、気が乗らないと思ったら、私たちのことは忘れてしまっていいから」
「ルカに会うためには、君は戦わなければならないよ」と、少し厳しい口調で宮下勉君は言った。「それでもルカに会いたいと思ったら、僕らのことを少しでも信用できれば、この番号に電話をしてくれ」
宮下勉君に手渡された名刺は北海道では有名なドラッグストアの大手の名刺だった。おそらくは彼の勤めている会社のものだろう。彼の役職と、名前と、所属する店舗名と、所在地と、店舗の電話番号が書いてある。副店長、宮下勉。タムラドラッグ留萌店。北海道留萌市。市外局番0164から始まる電話番号。そして、名刺の裏側に携帯番号がボールペンで書かれていた。
僕は名刺を一通り眺め、「分かりました」とだけ言った。
「僕たちはこれからホテルに行くけど、君はどうする?」
「もう少し、ここにいます」
「分かった。それじゃ、また明日」軽く手を挙げ、宮下勉君が部屋を出て行く。
帰り際、由佳さんが僕の肩に手を乗せ、強く力を込める。真剣な眼差しで言う。「紫音君、よく考えて。今までのことと、これからの事を。あなたがしたいようにするの。いい? もうルカはいないの。あなたが自分の意思で決めるの。あなたの行き先は、他の誰でもないあなた自身に託されているの」