シグナル¨2¨-4
「待ってよぉ〜〜」
やけに杏子の声が遠い気がして振り向くと、かなり距離が離れていた。
普通に歩いてたつもりだったが置いてきぼりにしちまったな。
「悪いな、杏子」
「もー、迷子になったらどうするのぉ」
今度はゆっくり歩いた、つもりだった。
だが・・・
「待ってぇ〜〜賢司くぅ〜ん、早いよぉ〜〜」
俺とお前の一歩には果たしてどれ程差があるというんだ?
自慢じゃないが俺は移動に関して自信が無いんだぜ。
仕方なく、杏子に歩幅を合わせる事にした。
「天気いいねぇ。風が涼しくていい気持ち」
杏子のウェーブがかかった黒髪が、5月の爽やかな風になびいている。
柔らかな表情も相まって本当に気持ち良さそうに聞こえた。
「これくらいの時期がちょうどいいよな。夏は昔から苦手なんだよ、暑過ぎるから」
「そう?私は夏が好きだよ。だってアイスにすいかにかき氷が一番美味しい季節だから」
「食うことばっかだな・・・って俺が言えることじゃないか、はは」
「そうだよ。賢司くんはいつも食べ過ぎ、少しダイエットしなさい」
・・・あれ、変だな。
こいつ、こんな可愛い声だったっけ?
いつも皆でいる時は、間延びしたこの声が少し嫌な時もあったはずなのに。
合わない人には合わない様な好き嫌いの分かれやすい喋り方だったはずだよな。
2人きりだから感じ方が違ぇのかもしれねぇ・・・
「聞いてる?私の話」
「あっ、ああ・・・心配してくれてありがとよ」
見上げてくる姿にドキッとし、思わず顔を逸らす。
なんか調子が狂うな。他に誰もいないから、いつもと勝手が違う。
「あそこ、行ってみねえか」
ちょうどいい所に古着屋を見付けたので、杏子を誘ってみた。
するとまた間延びした返事で承諾してくれたので、その店に入る。
なんか、何となく誤魔化したみたいな感じだな・・・
悪いとは思ったが杏子は気にする様子は無く、嬉しそうについてきた。
「わあー。いっぱいあるー」
早速近くにある服を手に取り、品定めしている。
だがここには女物の服はあまり置いてないらしい。入る所を間違えたかな。
「賢司くん、これ似合うんじゃない」
長袖の少し派手目なプリントの赤いシャツを俺の体の上に重ねている。
今着ている無地に近いシャツとは雰囲気が違うが、結構俺に似合うかもしれない。
「こういうのはどうかな、被ってみて」
手渡されたニットの帽子を被った。鏡に写る自分を見て、悪くないと思った。
野球帽しか被らないけどこういうのも似合うかもしれないな。
「お前結構おしゃれだよな。俺、あんまりセンス良くないから羨ましいぜ。いつもどうやって決めてるんだ?」
「妹が決めてくれるの。私、優柔不断でなかなか決められないから」
「毎朝なのか?」
こくん、と頷く杏子。