27万6352分の1の価値-4
僕はコーポグリーンパレスから少し離れたところにあるレストランに車を停め、そこから歩いてコーポグリーンパレスの周辺を探索した。パトカーは停まっていない。他におかしな所もない。ルカの死体を発見した誰かが騒いでいる気配もないし、野次馬の連中も見当たらない。というか、人っ子一人いない。辺りは平和そのもので、静かな夜で、昨日から繋がっている、何の変哲もない今日という一日の夜だ。
ここを立ち去るべきだろうか、と僕は考える。脇の下に汗が滲む。外の気温に対し、自分の体がやけに熱く感じる。額に汗が滲む。ここを立ち去り、事の成り行きを見守るべきだろうか? いいや、と僕は思う。もしもあの部屋にいるのが警察だったと仮定して、それならばルカの死体を発見してそれが殺人だと分かるはずだし、部屋の中から検出される指紋やらから容疑者は木村修と、僕と、ルカの母親くらいに絞られ、そこから木村修に事情を聞きさえすればルカを殺したのが僕だということが簡単に分かる。それならば僕はこのままあの部屋へ行くべきだ。そこで警察が僕を待ち構えていて、そして僕が法によって裁かれるのならば、それもまた神意だろう。
そう思いながら階段を上りだすが、僕はそこに待ち受けているのは警察ではないんじゃないかという気がしている。パトカーなんて一台も止まっていなかったんだし。だとすれば、あの部屋にいるのは木村修だろうか? 僕が眠っている間に、先にこの場所へ辿り着いたのか? でも何のために? それともルカの母親がルカの様子でも見に来たのだろうか。そして、ルカの死体を発見して。一体何を思っただろう?
考えるよりは、中に入ってしまった方が早い。僕は201号室の前に立ち唾を飲み込む。ドアノブに手を当てていたが、思い直し、インターホンを鳴らす。人の気配がする。
「はい」と中から声がする。女性の声だ。「ルカ?」と僕は白々しく言ってみる。ルカが死んだことを知らないルカの友人を装う。ふいにドアが開き、「こんばんは」と言った女性の顔を見て、僕は凍りつく。ルカがそこにいる。生きて、複雑そうな笑顔を口元に浮かべて僕に「こんばんは」なんて言っている。