宛先のない手紙-1
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ルカを殺した後の三日間を、僕は彼女の部屋で過ごした。僕はなるべくいつもどおりの生活をしようと努めた。インフルエンザにかかってしまったのでしばらく仕事を休む旨を会社には伝えてあった。流れ作業で行われる菓子製造業にとっては、僕一人の穴なんてどうにだってなる。仕事さえなくなってしまえば、僕にはやるべきことは何一つなくなってしまった。仮に何かやるべき事があったとしても、手につかなかっただろうとは思うけれど。
そして僕はルカの部屋の掃除を始めた。まずは荒れ放題になっているキッチンをたっぷりと時間をかけて片付け、居間に散乱している雑誌を集めてカラーボックスにしまった。途中から崩れてしまっていた積み重ねられた新聞をスズランテープで三つに分ける。掃除機をかける。机の上に散らばっているメイク道具をポーチにしまう。メモ帳やスケジュール帳を机の中にしまおうと引き出しをかけたとき、カッターナイフを発見する。カッターナイフの刃には血液が付着していて、それでルカは自分の手首を切ったのだ。
机の中には十数本のカッターナイフの刃が無造作にしまわれていた。そして、その全てに血液が付着していた。そしてまだ未使用の刃はきちんとケースにしまわれて置いてあった。
僕はカッターナイフの刃をカチカチと出してみて、それを自分の手首に当てる。カッターナイフの刃は僅かな冷感刺激を僕の皮膚に与える。動脈を切ってしまえばこのまま死ぬことが出来る。生と死は隣り合う形で存在している。その両方を結ぶ通路は一方通行で、生から死へは移動できるが、死から生へは移動できない。低いところから高いところへ水が流れないのと同じように。だから、ルカはもうこちら側の世界へはやってくることが出来ないが、僕はまだ彼女の元へ行くことができる。そうして運良くルカに会うことができたなら、その時に尋ねてみればいい。本当にルカは死にたかったのかい? と。
ベッドで目を閉じたままのルカの方を見る。彼女は長い眠りについているだけのようにも見える。でも、それは違う。ただそう見えているだけだと僕は知っている。そして僕はカッターナイフを元の位置に戻す。その時にふと封筒があるのに気がつく。あて先は書かれていない。中にはA4サイズの紙が四つ折りになって入っていた。広げてみると、筆跡は間違いなくルカのものだった。これは手紙のようなものなのだろうと僕は思った。僕はルカの隣に腰を下ろし、それを読み始める。