宛先のない手紙-4
肉なのか血なのか分かりません。ドロドロとした赤黒い液体に、コインくらいの大きさのあなたは無残に引き裂かれ絶命しています。断末魔の叫びは誰の耳にも届かずあなたの存在価値ははじめから、1ミクロンも存在していませんでした。顔の形は宇宙人みたいに見えますが、十ヶ月も経てば可愛い赤ん坊。なきじゃくりながら呼吸をし、母乳を与えると、こくんこくんと可愛らしい顔で飲むんでしょうが、あなたは血まみれでバラバラで声を上げるべき声帯も備われぬまま、紙に包まれぽいと捨てられ燃やされてしまうのです。隣では、まあ、こんなに大きく育ったのに殺されてしまいました。ほとんど、四肢も顔も完成しているように見えますが、ギリギリセーフ、中絶完了です。無理やり人工的に流産を誘発させられたのです。ドクターがぐにゃりとした体を持ち上げています。眠っているようにも見えますが、その力のない肢体を見る限りでは、もう死んでいます。不道徳な行いの末に、望まれぬ命だと告げられ、あなたは愛されるべき人に見捨てられたのです。誰にも愛されることなく、あなたは殺されたのです。それが分からぬうちに
二枚目の手紙には血液が付着していて、それ以上は読めなかった。手紙を書きながらルカは手首でも切ったのだろうかと僕は想像した。
三枚目。
子供の頃、私もいつかは普通のお嫁さんになって、普通の母親になるのだと信じていました。朝は旦那さんより早く起きて、朝食を作ります。旦那さんが起きるより先にあなたが目をこすりながら起きてきます。「おはよう」と寝ぼけ眼であなたは言い、私は笑顔でおはようと言いながらあなたを抱きかかえます。日曜日の朝の日差しが窓から差し込んでいて、部屋の中には私の作る味噌汁の香りが漂っていて。朝食がそろそろ出来るから、パパを起こしてきてくれるかな、とかあなたに言ったりする。そんな幸福で温かな家庭。あなたがいて、旦那さんがいて、そして私がいて。
ですが、そうはなりませんでした。でもそれはほかの誰かのせいではなく、勿論あなたのせいなんかじゃなく、この愚かな私自身のせいです。
気が狂ってしまいそうです。いいえ。自分が気づいていないだけで、私はもう気が狂っているのかもしれません。私は間違いを犯してしまいました。失ってはならないものを失ってしまいました。殺してはならないものを殺してしまいました。
私はあの日から、毎晩泣いています。夜になって、独りぼっちになると自然と涙がこぼれてくるのです。そして、そうして一人で泣いている自分がまるで偽善者のように思えて、私は私自身に腹を立てます。なんて身勝手な女! あなたが泣いたって、何も解決しない。あなたの悲しさなど、あなたに殺された子供に比べれば、無いも同然なのよ! そんな事を思いながらも、私は泣くのをやめることは出来ません。涙が自然に溢れてくるのです。そして私は文字通り体がカラカラに渇いたような感覚になって、涙も唾液も鼻水も体中の水分がすべて流れ出てしまった頃に眠りにつきます。毎晩それが続いています。
正直に言って、この世界はあまり美しいものではありません。大変なことも、悲惨なことも山ほどあります。生きることは大変です。たくさん間違えます。私のように。たくさん後悔します。私のように。
でも、そのことはそれをして初めて気づけるのです。この世に生まれてきて、そして生きていて、初めてその大変さを知るのです。でも、あなたはその権利すら与えられませんでした。死は平等だと思っていましたが、それは違うのですね。人って、それすらも奪ってしまうんですね。そのことに、気づきました。
最後に、綺麗事を言わせてください。