宛先のない手紙-2
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無題 / 宛先不明
はじめまして。ママです。今の私にあなたの母親を名乗る資格がないのは知っています。私は一度もあなたにママだと呼ばれた事はありません。あなたが生まれてしまう前に、私はあなたを殺してしまったのだから当たり前の話です。もうこの世界のどこにもあなたが存在していないという事実を、私は自分の意志であなたの存在を消し去ってしまったに関わらず、上手く信じる事ができません。いつかそれを受け入れられる日が来るのかどうかも、正直自信が持てません。そして、どうして私はあなたにこのような手紙という形式をとって文章を書いているのか、その理由もよく分かりません。書いた後で、もしかしたらその理由が分かるかもしれません。ですから、私はあなたに知って欲しいと望む事をこれから書きます。
私があなたの妊娠を知ったのは、夏の終わりのある暑い日のことでした。私は毎月ほとんど時期がブレることなく生理が来ていたので、二週間も生理がこなくなった事に疑問を感じ、ドラッグストアで二本でワンセットの妊娠検査薬を買ってきました。二回検査をしましたが、結果は二回とも陽性でした。妊娠検査薬は九十九パーセント以上の正確さを持っているので、ほとんど妊娠している可能性の方が高いのですが、勿論産婦人科へ行って調べてもらわない事にははっきりとは分かりません。
そうなったとき、正直に言って私は複雑でした。少なくとも、今が妊娠するベストなタイミングではなかったからです。私はまだ二十一歳で、決して経済状況も安定してなかったし、あまりに突然の事でなんだかよく分からなかったのです。どうしたらいいんだろうと思いました。自分自身の体が、まるで自分自身の体ではなくなってしまったような気がして、怖くなりました。その夜は上手く眠れませんでした。不安で。怖くて。
その次の日、私は仕事を休み産婦人科を受診しました。受付で妊娠検査薬で陽性が出た旨を伝えました。初診用のアンケートを記入し、待合室で待ちます。待合室には赤ちゃんをつれたパパさんやママさんなんかがいて、ほほえましい光景でした。でも、中には私と同じように不安そうな顔をした女性もたくさんいたし、中には十代半ばくらいの女の子もいました。
そして二時間近く待たされ、ようやく私は医師に呼ばれ、いくつかの質問をされた後、内診台に乗り膣内にエコーの機械を入れられました。そして、あなたの妊娠が確定事実となりました。
私はその日の夜、電話で恋人に妊娠した事を伝えました。私の恋人は悩む素振りも見せずに、中絶しようと言いました。金は出すよ、と。私の恋人はフリーターで、収入も多くはありません。だから、私は心のどこかではそう言うだろうという気がしていました。ですが、少なくとも困惑し、話し合い、そして結論を出すんだと思っていた私は、何の迷いもなくそう言われ、固まりました。それでいいの? と私は聞きました。あなたは本当にそれでいいの? と。彼はそれでいいと言いました。もしかしたら、中絶をすることによって私はあなたの事が嫌いになってしまうかもしれないよ、とそんな事も正直に言いました。すると彼は、別にいい、と素っ気なく言いました。
では、私自身はどうしたかったのか? 正直に言って、その時の私自身はどちらでも良かったのです。私の恋人が夫としてそばにいて、あなたが初めての子供として家族三人で平和に暮らす事ができたら、貧しくともそれでも構わないと思っていました。普通の家庭を築けるのなら、もしそうだったとしたら、あなたは今でもこの世界にいられたかもしれません。でも、あなたも知っての通りそうはなりませんでした。