ルカ-3
僕の通っていた短期大学の全校生徒は僅か三百人余りで、おまけに田舎だったので、自然と僕とルカの仲の良さは恋人同士のそれだと勘違いされるようになり、サークルの男子生徒にからかわれたりすることもあった。
「今日も一緒に帰るのかお前ら」とニヤニヤしながら近づいてくる男は多分中村という名前だったはずだ。彼は余り熱心にサークルに参加するタイプではなかったし、試合にもろくに出ていなかった。名前がうろ覚えなのも致し方ない。
「今日も一緒だよ。ね?」とルカは僕の方へ視線を向ける。僕は頷く。
「ホントお前ら仲良いな。ってかさ、お前らって付き合ってんの?」
「そんなんじゃないよ。仲いいのは否定しないけどさ」ルカが会話を担当する。僕は専らルカの隣で頷いたり、首を横に振ったりするだけ。
「マジで? だって、どこからどう見てもカップルだぜお前ら」
「そう見えるだけだって。人類皆兄弟。仲良くしたほうがいいじゃん」
人類皆兄弟。中村君も? と僕は首をかしげる。
「じゃあ荒木って彼氏とかいんの?」
「いないよ」
「じゃあ付き合っちゃえばいいじゃん」
「えー。紫音、どうする〜?」とルカは僕のほうを見るが、僕はなんとも返せず、「え?」と、突然に振られて困り果てる。
「ほら。中村君のせいで困ってるじゃん」
「お似合いだと思うけどな〜」と言いながら、中村君は手を振ってグラウンドを出て行く。
僕が落ち着きなくそわそわしていると、「なんか、疲れちゃうね」とルカは僕のほうを見ながら言い、僕はどうしていいか分からずに曖昧に笑う。
「あ、そうだ」思い出したように、僕らの場所から十五メートルくらい進んだところで中村が止まり、振り返る。「お前らさ、宮下勉って知ってる?」
その質問に、僕らは凍りつく。ルカはうつむき、みるみるうちに顔が青白くなる。僕は咄嗟に会話担当の彼女の代わりを務める。「知らねーよ」
「そっか。そんじゃーな」中村は再び歩いていき、僕はうつむいたままのルカの手を握る。そんなところを見られたら、また他の連中に噂されるかもしれないなんて事はごくごく小さな問題であり、それよりも、今はルカの孤独を分かち合うべきだと僕は思った。
短期大学時代を思い出すとき、それはそのままルカとの記憶に重なる。一人でいるとき以外は、僕は大体ルカと二人でいた。色々な話もした。決して愉快な話ではない僕の生い立ちについても、重大な秘密を打ち明ける心境で語った。父親がアルコール中毒で、そのせいで悲惨な幼少時代を送ることを余儀なくされたことなんかを。
僕らは、友人だとか、恋人だとか、そのような呼称にとらわれることなく、純粋な心でお互いに惹かれあっていた。僕は彼女のことが大好きだったし、彼女の方もおそらくそれは同じだっただろう。多くの人たちは、僕と彼女ほど親密な関係になったとき、やはり恋人同士になるのかもしれない。その方がよっぽど健全で、自然な流れなのかもしれない。だから、短大時代のサークルのメンバーや同期達は僕らのことを恋人同士なのではないかと噂していたのだろうし、一部のお節介な連中はわざわざ僕とルカを無理やり結び付けようともしたのだろう。
でも、僕とルカが恋人同士になる事はなかった。ルカのことを恋人にしたくなかったわけではない。どういう形であれ、僕は彼女が側にいてくれさえすればそれで良かった。彼女が僕の世界から消えないのであれば、それで良かった。そう思ってしまうのは、僕自身が幼少期に母親に捨てられた過去を持っているからなのか、それとも今までの何人かの恋人たちと付き合い、大好きだよとずっと一緒だよを繰り返した挙句、結局は別れてしまったという実体験を踏まえ、恋愛に臆病になっているのか、それともただ僕とルカの間にはそういう縁はなかったのか、それは僕には分からない。