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葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件
【推理 推理小説】

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葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件-8

−:−

「ごめんね。ちょっと真帆ってばいらいらすることがあって……」
 真帆に遅れて通路を歩く三人。梓は小声で真琴に呟く。
「何かあったんですか?」
「うん。ちょっとおかしなファンがいるっていうか、あと、それとは別に今回の役柄でも不満があるらしいの……」
「役柄?」
「えと、主演は真帆のはずなんだけど、ちょっとあってね……」
「梓、聞こえているわよ」
 真帆は立ち止まるとくるりと踵を返し、真琴のまん前にやってきて鼻先を突く。
「早く来なさいよ。リハーサル始まっちゃうでしょ?」
 ――それなら自分がもてばいいのに。
 そんな言葉を飲み込みながら、真琴は小走りで彼女を追いかけた……。

−:−

「ご苦労様。外で待ってなさい」
 下手側の控え室に着くと、真帆は真琴にそう告げて臙脂色のブレザーを脱いでハンガーにかける。
「……ちょっと、今から着替えなんだけど、何時までいるの? このポンスケベ」
 戸惑う真琴にまだ居たのかとばかりに睨みつける。
「あ、ごめんなさい……」
 真琴はこれ以上何か言われても適わないと、急いで控え室を出る。
 下手側は上手に比べて簡素。舞台裏と表を繋ぐだけの通路といったほうが正しい。モニターが設置されており、舞台の様子を確認することが出来る程度。
 演者が身だしなみをチェックできるように洗面台と鏡が備えられており、荷物を置ける棚もある。
 むき出しのコンクリートで出来た階段は気休め程度の手すりが付いており、下を見るとそのまま落下してしまいそうな隙間がある。
 上手と同じく両開きの扉があり、厚い壁を隔てて片側だけの扉がある。その片側の扉には覗き窓がついており、舞台の様子を見ることが出来る。
「へぇ、こういう風になってるんだ」
 澪が舞台の様子を見ているので、梓も隣に立って覗いてみる。
「へ〜、初めて見た。舞台裏からだと客席ってこう見えるんだ」
 普段はお客様であろう梓は、感心したように呟く。
 真琴も何とか見ようとするが、二人に邪魔されてよく見えない。
「ちょっと、ポ……付き人! どこに行ったの?」
 すると再び真帆の声。おそらく真琴のことを呼んでいるのだろう、彼は急いで控え室のほうへと走る。
「はいはい、只今」
 控え室の前では真帆が腰に手を当てて踏ん反り返っている。ただ、先ほどとは衣装が異なり、パンフレットにあるような可愛らしい白のドレス姿になっていた。
「もう、どこをほっつき歩いていたのかしら。今、第二幕のリハの最中でしょ? 語りは終りそう?」
 その姿だけならお姫様といえるのだが、口を開けば烈火のごとく捲くし立てられる。印象もなにもあったものでもない。
「えと、よくわからないけど……」
 スタッフといえど急場しのぎでしかない彼は、演目の詳しい内容を知らされていない。だが、真帆はそれを許すつもりは無いらしく、またも彼の鼻先を小突く。
「んもう、ちゃんとプログラムを見ておきなさいよ……。いい? 第二幕と第一幕は歌劇なの。語りと合唱が交互に来ると覚えておきなさい」
「はい、ごめんなさい」
 押し切られる形で謝ってしまう真琴に澪は苦笑い。対照的に梓は真っ赤な顔をして真帆に歩み寄り……、
「ちょっと真帆、真琴君は貴女の小間使いじゃないの! 無茶なことを言わないで!」
「何よ、スタッフなんだからそれぐらい知っていてもいいじゃない?」
「スタッフっていってもただのボランティアだもの。それに今日初めて知らされたんでしょ? ね、真琴君」
「う、うん」
 梓の推測どおり、真琴も今日の仕事を全て理解しての参加ではなかった。特に言われていたのは先ほどまでに終えた受付の設営と舞台準備、それに幕間時の撤収準備作業のみだ。ワガママな女の子の世話というのは聞いていない。


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