葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件-5
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相模大野駅から谷町行きの電車に乗ること五分、相模杉浦駅で真琴が「着いたよ」と言う。この程度の距離なら電車を使うまでもなく、むしろトレーニングがてらに走りこみできる距離。
真琴は改札を出ると、大通りのほうを示す。澪は自販機で眠気覚ましに珈琲を買うと、彼の後を追った。
彼女のイメージとしては、公園かどこかに集合して、街に捨てられている空き缶やゴミを拾い集め、お昼を食べて解散というもの。
その想像に漏れることなく真琴の向かう先は、街中をやや離れた寂しい場所。だが、人気が無いかといえばそういうわけでもない。大学生らしき人々が様々な目的で往来していた。
「ねえ、一体何をするの? こっちって湘國大学のほうだよね?」
湘國大学は相模原市にある国立大学。つい最近六十周年を迎えたらしく、その象徴である建物が最近お披露目された。その名前は……。
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「欅ホール?」
地元のニュースとは別に最近どこかで聞いたことのあるフレーズを目にし、澪は首を傾げる。
「うん、今日はこの欅ホールでコンサートだったかな? あるみたいなんだ。僕と澪はそれのお手伝い」
「え、ボランティアってゴミ拾いじゃないの?」
「違うよ。受付のセッティングにパンフレットを揃えたり、あと舞台の設営もするよ」
よく考えてみればゴミ拾いに制服は必要ない。むしろジャージで参加すべきだろう。正装を指定されるのなら、それ相応の仕事が待っているのも頷ける。
「舞台? そんなの大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。僕らが出演するわけじゃないし、舞台に出るっていっても幕間とか、暗転してるときだけだから」
舞台という言葉に動揺したが、ようは雑用。それほど気張る必要もないと知り、澪はほっと安心する。
「いわゆる裏方ってわけね?」
「うん」
「コンサートの裏方か……、なんか面白そうね。控え室とか見れるの?」
「うん、じゃないと仕事ができないよ」
「じゃさ、じゃさ、誰か有名な人とか来るとか?」
「う〜ん、テレビ的に有名な人は来ないけど……」
「な〜んだ、がっかり……」
一瞬興奮するもまた下がるテンション。そもそも高校生をその場しのぎにスタッフに使うのなら、それほど重鎮が来るはずもない。
時計を見ると九時五分前。ホールのエントランスはまだ薄暗いが、スタッフらしき人がせわしなく出入りしているのが見える。
「さ、僕らも急ごうよ」
「はいはい……」
気の無いそぶりの澪だが、日常を外れた体験を前に若干期待していた……。
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「おはようございます」
受付でダンボールを抱えていた男性に真琴が声をかける。
「ああ、おはよう。ボランティアの学生さんだね」
男性は二人に気付くとカウンターに荷物を置いて向き直る。
スーツ姿に整髪料で整えられた短髪は乱れ一つ無い。かなり長身であり、縁の無い眼鏡がオシャレに見える。外せばさらにハンサムなのだろうと澪は見ていた。
「今日はありがとう。本当にネコの手も借りたいところだったんだ。まずは受付の設営を手伝ってくれ。えと、あっちにいるスーツの女の人、磯川さんに聞いて」
そう言うと彼は真琴と握手をした後、ダンボール抱えて走っていく。
「あの人だれ?」
「平木一郎さん。今日のコンサートの主催者さんだよ」
「へぇ……」
主催というからにはそれなりの貫禄というのがあるものだろう。けれど一郎は見た目も若く、そういう雰囲気が無い。とはいえ、澪自身、企画の主催者やプロデューサーと呼ばれる人に会ったこともないので、そういうものなのかもと納得する。
二人はスーツ姿の女性のもとへと駆け寄り、指示を仰ぐことにする。
「おはようございます。僕達は今日のボランティアです。平木さんに指示を仰げといわれましたので……」
「葉月君と香川さんね。私は磯川由真、よろしくね。えと、時間が惜しいの。とりあえず向こうからテーブルが運ばれてくるから、それを言うとおりに並べて」
「はい」
とにもかくにも二人のボランティアが始まったわけで……。