葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件-3
「えと、えとね、あの、今度の日曜日……じゃなかった、土曜日なんだけど、暇? もし良かったら、相模杉浦にある欅ホールで「皐月の歌謡祭」があって、そこに友達が出るから、一緒に応援しにいってあげたくって……だから、もし暇なら、一緒に来て欲しいかなって思って……えと、だから……」
早口で捲くし立てたと思ったら、だんだんと小声になり、目線も真琴を外れて下がっていく。澪はそれを腕組みしながら見つめていた。
「んーん、予定あるんだ。ごめんなさい」
「そう……」
笑顔で返す真琴に梓は寂しそうに言う。
「ふーん、コンサートかなんか? なんならあたし暇だし、一緒に行ってあげてもいいよ」
チケットを見つめながら澪が言うと、梓はうってかわって普段のお嬢様の表情に戻り、
「誰がアンタを誘ったのよ。暇なら動物園でも行ってなさい。きっとお友達がたくさん居るでしょうし」
「何がお友達よ! そっちこそコンサートなんて気取っておいて、どうせ今日も学食で狐ソバでしょ?」
「うっさいわね。お揚げが好きなんだからいいでしょ!」
しばし睨み合う二人だが、数秒後にはどちらともなくそっぽを向く。
「澪、土曜日暇なんだ。良かった」
そこへ恐れ知らずののんきな声が割り込む。
「え?」
澪は何のことかわからずとぼけた声を上げる。
「今週の土曜日ね、ボランティアをすることになってたんだけど、もう一人連れてこられないかって聞かれてて……。先輩や友達にもお願いしたけど無理だったから、澪にお願いしたかったんだ。暇ならいいよね。今、メールするから……」
そう言うと真琴は澪の返事も待たずに携帯を取り出す。
「ちょ、ちょっと、誰が暇って……、まあそうだけど、何が楽しくてボランティアなんてしないといけないのよ!」
「そ、そうだ、澪がいけないなら、私が……」
「梓さんはお友達のコンサートでしょ?」
「うん……」
笑顔の拒絶に梓も消沈する。その隣ではスケジュールを勝手に埋められる澪が苛立ち紛れに喚く。
「ちょっと、あたしの意見も聞きなさいよ! こら、真琴ってば、携帯よこしなさい!」
「あ、返してよ。まだ送ってないのに」
なんとか携帯を取り上げるのに成功した澪は精一杯手を伸ばし、彼の手が届かないようにする。
「酷いよ、澪!」
「どっちが! とにかくこれは削除します。人様のスケジュール、特に乙女の時間は貴重なのよ……っと」
高らかに宣言する澪だが、他人の携帯の仕様がわからず、滑った親指が……。
「あ、あれ? あれ? 送信中? だ、だめだめだめ! キャンセルキャンセル!」
急いで操作をするもディスプレイは「送信完了」と表示する。
「あはは、澪が送ったわけだし、土曜日はちゃんと来てね。大丈夫、お昼も出るし、きっと楽しいよ」
やはり笑顔の彼の言葉に、澪はいまだおなかが空いたままだとうなだれる。
「うぅ、その代わり真琴、今日のお昼、サイドメニューを奢りなさいよ」
「うん。いいよ」
「サイドメニューって、澪、太るわよ?」
「いいの。誰かさんと違って出るとこ出てきてるから……」
澪はこれ以上無駄な時間を費やすわけにはいかないと、飯の種の背中を押して教室を出る。
「みーおーっ!」
背後では本日二度目となる梓の叫び声が聞こえた……。