葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件-29
「磯川さんが開けたのかな? でも、あの時は誰かが出て行くことも無かったはずだし、勘違いとかじゃないの?」
「いえ、僕と石塚さんで見ましたから」
「そうか。じゃあ俺が知らないだけかな?」
本当に知らないらしく、彼は首を傾げるのみ。
「磯川さんはその時ずっと……」
「えと、下手の控え室で誰かと話してたん。多分スタッフのだれかじゃないの? 聞き覚えあったし」
けれど誰かはわからない。先ほど警察との聴取の盗み聞きの内容と同じだった。
「んで、磯川さんに譜面台を持って来いって言われて戻ってきたらって訳さ……。正直嫌なもの見ちまったよ……」
肩をすくめる仕草から、見た目のわりに幼い感じの印象を受ける。
「その時って、他に誰か居ました?」
「いや? 多分、叫んだと思うけど、特に誰か来たってことは無いな。控え室に居たのならぎりぎりで聞こえたとおもうんだけど……」
「で、すぐに見に行ったんですか?」
「いや、なんか誰かいるような気がしてすぐには行かなかったんだ」
「でも、周りを見ても誰もいない……」
「ああ、くまなくってわけじゃないが、人が隠れられるような場所なんて無いし、少し落ち着いたところで階段降りたよ。……ただ」
「ただ?」
「生きてるって感じはしなかった……」
眉を顰める邦治は思い出したくない場面が脳裏をよぎったのだろう、頭をぶるっと震わせて頬を叩く。
「それで、磯川さんが来たのは直ぐ?」
「ああ、正直記憶が混乱してるかもしれないが、直ぐに来たと思う」
「そうですか……」
真琴は神妙な顔つきで頷くと、邦治もそれをみてふっと笑う。
「もう聞きたいことは無いの? 探偵君」
「え? あ、そんなつもりじゃないですよ……」
「いやいや、ここまで聞いておいてそれもないよ。ま、俺は事故でいいと思うけどね……」
「それってどういう……」
真琴が聞き返そうとしたところで邦治は何かに気がついた様子で上手側を見る。
「お、君のガールフレンド達が来たぞ? 良いの? 怒ってるみたいだけど」
言われて振り返ると、澪が渋い顔をしてずかずかとやってくる。
「あ、澪。どうしたの?」
平静を装う真琴の頭を澪はかるく小突く。
「どうしたのじゃないでしょ。トイレ行くって言っておいてここはどこですか? もう、心配したんだから……」
「あはは、ごめん」
「そのさ、真帆さん、結構深刻みたいだし、もう帰らせたほうがいいと思うのよ。だから真琴も……」
「僕も?」
「うん、なんかアンタのことえらく気に入ったみたいでポン助と一緒がいいんだってさ……。で、ポン助ってなに?」
心当たりのある真琴はどう答えたものかと悩みつつ、澪に手を引かれるまま、舞台を後にした。
それを見つめる邦治は、ふうとため息を漏らしていたが……?