投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件
【推理 推理小説】

葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件の最初へ 葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件 16 葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件 18 葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件の最後へ

葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件-17

「いつもは必ずもって来るんだけど、この前のコンクールで賞とってからはさ、ママにみっともないとか言われたのよ。そりゃたしかに薄汚れた狸のヌイグルミだもの。変かもしれないけど、大切なものだったのよ……」
「それが、僕に……」
「そ。このまん丸お目目も、柔らかそうなほっぺも似てるのよ〜」
 真帆はそう言うと、彼の頬をぎゅっと摘んでぐりぐりとしだす。
「私ね、三才の頃にデビューしたの」
「へぇ」
「子役っていうか、ただドレス着てママの隣であーうーって言ってるだけ。演奏とか何もあったもんじゃないの」
 とつとつと語りだす真帆に、真琴は黙って頷く。
「幼稚園の頃からピアノの練習。小学校に入る前にバイエルンは上下ともに履修済みです! はっきり言って友達と遊ぶ時間なんてないっての……」
「それは少し寂しいです」
 おそらくはポン助がその寂しさを紛らわせていたのだろう。
「でしょ? でね、小学校中学校は公立なんだけど、高校は清祥学園行けとか言われてさ……」
「清祥学園って……あの全寮制の?」
 清祥学園は相模原市からかなり離れたところにある芸術系の全寮制高校。たまに地方紙に名前が載ることがあり、書道、絵画、音楽、バレエ、演劇、声楽など多彩な実績を誇る。
「そりゃ子供の頃からピアノをしてるから普通よりは出来るよ。けど、やっぱりもともと好きでやってる子とか、天才っていうのかな? そういう子には適わないよ。結果はあえなく相模原高校普通科」
「はは……」
「その頃からあんまりママもとやかく言わなくなった」
 呟きながら真帆は顔を下に向ける。
「なんか見捨てられたって感じだった。けどね、気晴らしに始めた平木先生のところでの合唱はね、ふふふ……みての通り相模原市のコンクール、史上最年少の十六歳で大賞受賞! すごいでしょ?」
「はい」
「清祥学園がなんだって言うのよ! 私は実力で勝ちとったわよ! ってね。そしたらママ、ふふ、笑っちゃうよね。また昔の教育ママに戻っちゃった。多分も観客席で見てるよ。きっと今日も帰ったら反省会」
 そう言って笑う彼女はどこか楽しそうに見える。
 彼女の不安はおそらく、母からその関心をどう受けるか、その一点につきるのだろう。
 小ざかしい真琴はそう理解すると、強く彼女のことを抱いていた。
「なんか変だな、今日の私……。初めて会ったばっかりなのに、こんなこと……。誰にでもするわけじゃないんだよ……」
「わかってますよ」
「でも、今日はポン助兼恋人役なんだから、もう少しこうしててもいいよね?」
 信頼されたというべきか、それとも単純に明日会わない相手だからだろうか? とにかく真琴は今出来ることをするしかない。
「僕はいいですけど……」
 ストーカーじみたファンを牽制するための偽りの関係。急場しのぎでしかないはずの関係でも、もし彼女の不安が癒せるのであればそれも良いことなのだ。
 胸に涼しい風が吹くも、真琴はいま少しの間、彼女のぬくもりを感じようとした。
「ポン助、もう少し……」
「打ち上げ……しませんか?」
「え?」
 真琴の胸の中で、真帆が顔をあげる。彼女は驚いた様子だが、浮かない表情。
「でも、ママが早く帰らないと……」
「いいじゃないですか、今日ぐらい僕らと一緒に打ち上げしましょう。僕も澪も真帆さんとせっかくお友達になれたんだしね」
「お友達か……。そういうの楽しそうね」
 まだどこか吹っ切れていない彼女だが、徐々に瞳に力が入り、唇は楽しそうに笑いをつける。
「なんにします? ボーリングなんかどうですか。澪すごい上手いからびっくりしますよ」
「そうねぇ、カラオケなんかどうかしら?」
「そんな、酷いですよ。真帆さんの前で歌うなんて……」
「レッスンをして差し上げますことよ」
 おおよそ梓もその被害に遭っているのだろう。真帆はサディスティックに彼を見る。


葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件の最初へ 葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件 16 葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件 18 葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前