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葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件
【推理 推理小説】

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葉月真琴の事件慕〜欅ホール殺人事件-18

「うん……、よし! 決めた! 今日はケーキバイキングに行く! 真琴君のおごりで!」
「え、僕ですか……。はい、わかりました! その代わり……、そうですね、サインでもいただけます?」
「いいわよ。未来の歌姫のサインなんだから、大切になさいね!」
 真帆はそう言うと真琴から身体を離し、電気をつける。
 ぱっと明るくなる控え室、真帆は乱れた髪を整えるために鏡に向かう。
 目元の確認をして、髪をとかすこと数回、台本片手に「ら〜」と発声練習。
「じゃあ僕はこれで……」
「あ、まって……」
 もう十分だろうと立ち去る真琴を真帆は呼び止める。
「はい、何か?」
「さっきのこと、内緒だからね……、もちろんおごりは別だけど……」
 そういって視線を泳がせる真帆は、おそらく今日一番可愛らしいのではないだろうか?
 真琴は口に人差し指を立てて笑ったあと、控え室を出た……。

−:−

「……葉月君は二幕の準備は上手から譜面台を運んでくれ。中央に緑の目張りをしてあるところがあるから、そこにおくだけだ。その足で下手側に椅子を設置。椅子は下手にあるから、それを使ってくれ。あとは……」
 上手に戻ると石塚が台本片手にスタッフに指示をしていた。彼は真琴を見つけると丁度良いとばかりに、邦治を呼び寄せて打ち合わせをする。
「邦治君はピアノを動かすのを手伝ってくれ。かなり重いから、腰やらないように気をつけてな」
「はい」
 二人はそれに頷き、舞台見取り図に自分の動線を書き込み、シミュレーションを行う。

 しばらくして、舞台から一幕の終盤を告げる歌声が響き、その後、拍手が起こる。
『只今より、十分の休憩に入ります。また、本日、ロビーでは今日の歌劇の演目である「冴えない老猫」の詩入りのポストカードが販売されております。よろしければどうぞ、ごらんになってください……』
 続く由真のアナウンスの後、会場から人々の席を立つ音が響きだす。
 舞台が薄暗くなり、出演者とホールスタッフが入れ替わり、舞台準備が始まる。
 真琴は言われたとおりに譜面台を舞台中央へと運ぶ。その後、下手へと回り、椅子を運び込み、目張りで指示されるとおりに並べる。
 舞台中央では石塚や邦治がピアノの位置をずらすための装置を運び込んでおり、滞りなく行われている様子だった。
 仕事を終えた真琴は下手側の扉から戻り、閉めようとする。
 しかし、手で押してもびくともしない。確かに重い扉ではあるが、動かせないというほどではないはずだ。現に押す分には引っ込むのだから。
 ――なんだ? どうしてだ……? あ……。
 薄暗い足元に木片があった。それには幾重に重ねられたピアノ線が張っており、それがつっかえの役割を果たしているようだった。
「よいしょっと……」
 一旦ドアを引いてから木片を外すと、ドアはゆっくりと閉まる。その要領で大きな扉も閉める。
「ふぅ……」
「……なのね……」
「……にも立場がある……」
 仕事を終えたところで戻ろうとする真琴だが、誰かの話し声が聞こえる。それは静かだが、どうにも穏やかなものではない。
 ――なんだろう?
 立ち聞きは趣味が悪いと思いつつ、今出て行くのも難しく、真琴はひとまず小さな扉の通路に隠れる。
「だから、僕は合唱団を大きくするために……。わかってくれ。君だってもう子供じゃないんだ。夢だけじゃ生きていけないんだよ」
「そのために貴方は……、んぅん。いい。そんなこと今更言ってもしょうがないものね。でも、感情とそういうのは割り切れないものなのよ。しばらく私は頭を冷やしたいわ。貴方の顔が見えないところでね……」
「わがままだけど、今、君を失うわけにはいかないんだ」
「勝手なことばかり言って……」
 声の様子から一郎と由真だとわかる。話しも前がわからないが後ろから追うにおおよそは痴話喧嘩と合唱団をごちゃ混ぜだろうと推測できる。だが、それがわかったところで真琴の立場は変わらない。
 暗く埃っぽい狭い通路にて何時二人が来るか、見つからないかと思うとひやひやする。彼は今盗み聞きの真っ最中なのだから。


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