描き直しのキャンバス-2
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「その像、そこの台の上に置いといて……」
向かった先は当然美術室。おそらく美術部員なのろう。
「ご苦労様。そこ、椅子あるから座って」
「へ?」
「『へ』じゃなくて……」
「はい!」
おそらく来たであろう怒号を先読みした秀人は、威勢だけは良い返事を返すと、しおらしく椅子に腰掛ける。
「えっと、君、名前は?」
「秀人、高山秀人です。一年B組の」
「秀人君ね……私は如月はるか、美術部の部長かな。君、部活はまだ決めてないみたいだけど、もし良かったら見学していきなよ」
「見学って、何をすればいいんですか?」
「そうねえ……ならモデルになってよ。今からソッコーで描くからさ」
はるかは鉛筆を取り、秀人を凝視する。
(見学と言いつつも、逆に見学されるのは何故だろう?)
「こっち向いて」
「はい……」
言われるまま、はるかを見つめる(ある意味見学)秀人。
向かい合う姿勢になって初めて気付いたが、はるかは意外と美人だ。
特徴的なのがその目。さっきから何度も秀人を睨むが、形よく上半月のラインは、普通にしていれば微笑んでいるように見え、明るい性格なのかと連想させる。
次に目が向くのが黒髪。肩より長く胸元にかかるそれを、はるかはうるさそうにかきあげる。そのたびに見える耳が白くて可愛らしい。
「どしたー?」
「いや、その、なんでもないです」
見惚れていたのがばれたと思い、誤魔化そうと視線を他に向ける。とはいえ、周りを見ても、はるか以外に部員は居らず、描きかけの絵が数枚放置されているだけ。中には最近まで使われていたと思える道具もあるが、卒業生が忘れていったのかもしれない。
「他の部員さん達は?」
「いない」
「じゃあ顧問の先生は?」
「それはいらない」
つまり二人きりという事……。意識すると胸が熱くなる。
「ほら、こっち見る」
怒ったようなはるかの声だが、秀人の理性が展開の異常さに黄色信号を揚げる。
「俺、帰ります。その、用事があるんで」
「ウ・ソ」
はるかは鉛筆を止めて、秀人に歩み寄る。
「俺はウソなんか……」
反論を試みたが、しなやかな手が肩に触れると動けなくなる。
大きくて上に膨らみを持つ目で見下ろされると、何も言えなくなる。
肌と対照的に血のように赤い唇が小さく『ウソツキ』と動くと、思考が停止させられる。
動作の一つ一つに女を感じた秀人は何も言えず、ただはるかを見つめるだけ……。
「入部……する?」
はるかが首をかしげると何かの匂いがした。それは油性絵の具の鈍いモノではなく、シャンプーとも違うモノ……例えば柑橘類のものとか、そんな感じのモノ……。
(まさか香水? でも校則違反じゃ……)
「返事は?」
「は、はい……」
「うん、よろしい……」
はるかはパッと明るい顔になり、入部届けを差し出す。
「これで秀人も美術部の一員。明日から一緒にがんばろうね」
「え、あ、あれ……?」
ようやく金縛りから解けた秀人は間抜けな声を上げながらも、今起こった事実を冷静に思い出そうと必死に頭を捻る。
「ほら、へ・ん・じ・は?」
「はい……」
(ともかく部活選びは悩まずに済むわけか……)
とはいえ、新たな悩みを抱えることとなったのも事実……