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描き直しのキャンバス
【学園物 恋愛小説】

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描き直しのキャンバス-16

「ちょっと、痛いってば……気持ちはわかるけど、もっと優しくしないと怒るわよ……」
「黙っていてください……」
「君は私のいう事を聞けばいいの!」
「俺は先輩のモノじゃない!」
 予期しなかった後輩の怒声にはるかは気勢をそがれる。
「先輩の目はもっと冷静です……」
 秀人はまっすぐな視線をはるかのすぐ後ろに向ける。
「何よ……」
 視線の先、何度も消した輪郭には、不器用だが目が入れられている。
 上の瞼は緩いカーブなのに、下のそれは円を描きそうなカーブ。瞳は黒で、しっかりと前を見据えている。
「先輩の鼻は整っていますし、鼻息を荒げることなんかありません」
 整った線を描こうとする秀人の右腕、テーピングのせいでよろよろの線になる。
「ちがうもん……」
 はるかは身体をよじり、秀人の右腕を掴む。
「先輩の唇は、はしが少し上がっているぐらいで……笑顔専用です」
「そんなの嘘よ……私の口なんて彼のを喜ばせてただけだもん」
 唇の端を下に向けようとするはるか。痛々しいキズの残るそれを強引に引き寄せる。
「俺の描く先輩は、もっと、こう、俺のバカな話とか、つまらないことを笑ってくれる、可愛い先輩です……」
 中指の辺りが赤くなる。ふさがりかけていたキズが開き、痛みを再生産したらしい。
「秀人君、手、血が出てるよ……」
「描けない訳じゃないです」
「だって、もう描くのやめてよ、痛いの見るの嫌だよ……」
 はるかの悲痛な叫びも無視し、秀人は作業を続ける。
「動かないで、モデルがいなくてどうやって描くんですか……」
「だって……」
「こんな事したって何の意味もありませんけど、俺なりのケジメです。最後まで見届けてください……」
「……」
「……」
 淡々と、もくもくと、拙いながらもはるかが浮かび上がる。
「……私ね、クラスのみんなから白い目で見られてるの……」
 はるかはもう、秀人の暴挙といえる行為を止めない。
「さっき聞きました」
「男子も女子も、んーん、先輩達だってそう、みんな私のことヤリマンとかサセ子とか言うの。君も聞いたでしょ?」
 代わりに、秀人の視線に、自分を重ねる。
「……はい」
「好きな人とそういうコトしてたっていいじゃない、みんなだって隠れてしてるんだし」
「……そうですね」
「私から先生を奪っておいてさ、その上仲間はずれの村八分。酷いんだよ、みんな」
「分かります」
「君といると、楽しかった。本当だよ、嘘じゃない」
「俺もです」
「私のこと好き?」
「……はい」
「なら、なんで私のモノにならないの?」
「俺は誰かの代わりじゃありません」
「そっか、そうだよね……ゴメン、変なコト言って……」
 はるかは彼の薄い胸板にもたれかかり、その暖かな体温を感じようとする。
「彼の代わりなんて言わない。だから、お願い、私のこと好きになって……」
 寂しさに震えてきたはるかの偽らざる気持ち。秀人はただ黙々と手を動かす。
 だが、左手は彼女の髪をあやすように撫でる。


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