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描き直しのキャンバス
【学園物 恋愛小説】

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描き直しのキャンバス-12

***
 ――気を悪くしないでね、私も先輩から聞いただけなんだから――
 ――あの如月はるかって人、美術の非常勤の先生と付き合ってたんだって――
 ――これは本当、だって先輩の一人がキスしてるところを見たんだもん――
 ――それぐらい何処でもあるでしょ? 卒業と同時に先生と結婚したって言う話――
 ――話を元に戻すけど、その、噂だよ? あくまでも噂だからね? ――
 ――その先生が辞めた理由なんだけど……――
 ――二人だけでいつも遅くまで残って絵を描いていたのが原因なんだってさ――
 ――そりゃ美術部だから当たり前かもしれないけど、それが裸婦画らしいの――
 ――決まってるじゃない、モデルは如月先輩だよ――
 ――そんな証拠あるのかって? うーん、みんながそういってるからかな――
 ――落ち着きなよ。それに、噂のほうがいいじゃない? ――
 ――みんなが言ってるだけで、本当は嘘かもしれないしさ――
 ――そりゃ如月先輩は美人だもん、そういう嫉妬めいた噂も立てられるわよ――
 ――でも噂は噂、秀人君が気にしなければ平気だよ――
 ――というか、なんで男の子って女の子の元彼を気にするのかな? ――
 ――やっぱり私のも気になる? 気にならない? あっそ……――
 伊藤直子が掃除当番を代わる見返りに教えてくれた。
 秀人はミスを犯した。
 はるかの過去を探ろうとしたこと。
 それを本人に確かめようとしたこと。
 弁明できなかったこと。
 立ち尽くしたこと。
 つまり、単純にバカなこと……。
***
 カツンッ……
 床に落ちた木炭が木琴のように高い音を立てて折れた。
 使えないほど短くない、だけどテーピングでがちがちの手では上手く握ることが出来ない。
 左手で描こうとしたが、線が引けない。
 へろへろと弱々しく、ラインがグラデーションを作る。
 伸びきった中指に人差し指を添え、木炭を挟み固定する。線を引くと振動が伝わり、きしむようなミシリという痛みが伝わる。
 顔の輪郭にバツを描いて、目と鼻を描く。
 『デッサンについて』の手順に従っているのだが、視線の先にはるかはいない。
 猫のようにくるっとした目を書こうとするが、どうも瞼の曲線が浮かばない。
 高く整った鼻を描くと、どうも穴が大きくなる。
 唇はいつも下唇が大きかったはずなのに、見えないぐらいに小さくなる。
 眉はどうしても『ハ』の字を逆にした、むしろ波線を描く。
(前髪はどうだったかな……)
 どうしても思い出せない。
 最後に見た、つりあがった目の印象が強すぎたため……。
 前に描いたときの『か』の出来損ないを被せてみる。まるで福笑い、これを見せたらはるかは怒ってくれるのだろうか?
「……ヘッタクソ」
「先輩……」
 振り返るとはるかが立っていた。彼女はキャンバスに歩み寄ると、描きかけの下絵を全て消してしまう。それなのに秀人はただ眺めるだけで、拒もうとしない。
「君はバカだと思ったけど、ここまでとはね……モデルもなしにどうやって描き上げるの? それに、全然デッサンできてない。いったい何をしてきたのかしら……」
「スイマセン……」
「ほら、一緒に描いてあげるから……」
「はい……」
 はるかは乱暴に秀人の右手を取る。密着すると以前と同じはるかの匂いがする。なのに、以前と違い、胸が高鳴るような甘酸っぱい気持ちが無く、ただ殺伐としただけの、息苦しい後輩指導が始まる。


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