狼さんも気をつけて?-11
「あ、あのさ、俺、夢のこと好きなんだ」
ストレートに気持ちを伝える彼の告白に、夢は頬を真っ赤にさせながらも唇を尖らせる。
「な、なにそれ、直接過ぎー、おもしろくなーい、十点ね。やり直し!」
勇気を出した結果をにべもなく却下される。再び頭を捻る明だが、巧い言葉が見つからない。その、あまりに深刻に悩む彼の様子に、夢は助け舟のついでにある疑問を口にする。
「……んー、ねぇ、なんで明は告白できないの? それを考えようよ」
「それは……、分かってるだろ? 俺の夢なんだから……」
「んー、ならさ、それを言うときの練習もしようよ」
「いや、だって、言いにくいことなんだよ……」
「じゃなに? 明は夢に隠し事しちゃうの?」
明にとっての言いにくい理由は、それがあまりにも現実離れしているためであり、夢がいぶかしむのは、彼の後ろめたい気持ちを勘ぐってのこと。二人のニュアンスは微妙にズレているが、秘密を隠していることには変わりない。そして、告白の目的が夢を彼女にすることならば、いつかは通らなければならないこと。
「そうだな、隠しとおせることでもないしな……、俺さ、実は狼男なんだ」
「狼男?」
またもストレートな物言いをする明に、夢は今度も眉を顰め、首を傾げる。
「実際に狼になるんとかじゃなくて、月を見ると乱暴になるっていうか、その……」
「分かった、エッチになるんでしょ? 帰り道もそのせいだったとか?」
確かに帰り道の出来事は月を見つけてしまったせいだ。しかし、何故夢はそれを今気付いたかのように振舞うのか? 軽い疑問がさらに質量を増していく気がした。
「……まぁ、そんなところかな。でさ、その、告白とかそれ以前に、もしかして夢のこと襲っちゃうかもって思ってさ……、それが怖くて、なかなか言えないんだ」
それでもひとまず疑問は脇に置き、夢に意見を求める。可及的速やかに解決すべきは夢と自分の心の距離であって、夢の世界ではないのだから。
「ふーん、でもさ、さっきの明も怖かったよ。月なんか見てないのにさ」
「いや、それは……」
「ね、明、言い訳にしてない? その、狼男っていうの」
「そんなこと! そんなこと……無い……のか?」
声を荒げてみたものの、語尾に戸惑いが混じる。確かに帰り道で夢に迫ったときは、月が原因といえなくもない。しかし、この世界では?
自分は何も見ていない。それなのに彼は彼女に口付けをし、そして求めた。本当はただ性的欲望を満たしたかっただけではないか? 本当は人狼の特性など……。
「でもね、明はちゃんとキスでやめられたよ? それはどうして?」
後悔と自戒、自責の念が渦巻きだす明の思考に、現実の夢と変わらないハキハキとした声が響き、霧が惑わせる思考に道しるべを示す。
「夢の中でも、夢を悲しませたくないから……だから」
「そうだね。ならさ、きっと明は夢の中じゃなくても、夢を大切にできるんじゃない?」
「そう……かな?」
夢と過ごせる日々に慣れてしまい、それを壊すのが怖い。それを理性と野性のせめぎあいにかこつけて、踏み出さずにいた自分。
今はそれで良いかもしれない。だが、これから先、夢はいつまで隣を空けていてくれるだろうか? それとも別の誰かで埋めてしまうのだろうか? 雨の日に出会った気持ちを胸の内に秘めたまま終わらせるのか?
「うん! だって明のキス、すごく上手だったもん!」
にっこりと微笑むと、目尻が垂れる。普段ケンカの真似事ばかりしてじゃれあっているせいか、こういう表情は初めて見る。すると明の心に新しい欲求が生まれる。彼女の顔、自分にだけ向けられる嬉しそうな表情、楽しそうな表情、口を尖らせた怒った顔も、いろんな表情を見たい。
「……決めた! 今すぐ伝える」
胸の前で力強く拳を握り、薄暗い倉庫の天井を突き抜ける勢いで立ち上がる明。
「今からって、こんな時間に?」
さすがの夢も驚いたらしく、目をパチクリさせる。
「ああ、……もう遅いけど、遅いかもしれないけど、でも伝えたい。だから行く!」
「分かった。待ってる……明の告白、待ってるもん!」
夢が微笑むとゆっくりと視界がぼやけ、薄暗い体育館倉庫もまた闇に溶けていく。
背中に絡み付いていたネットの締め付けもなくなり、胸から伝わっていた鼓動もまた、徐々に遠ざかっていく……。